業績が悪化したとたんに
スローガンは重圧に変わる

 このような追いつめられた人たちが、技術の「粉飾」、今回で言えば検査データの改ざんという不正に走ってしまう、というのは容易に想像できるのではないだろうか。事実、梅原副社長は会見で、不正が発覚した工場には「納期を守り、生産目標を達成するプレッシャーがあった」とおっしゃっている。

 生産目標や業績などの「結果」をきちんと出せているうちは、「世界一の技術」という自画自賛は現場を鼓舞するスローガンとして機能する。しかし、ひとたび「結果」が出せなくなってくると、士気を高めるどころか、現場の人々を精神的に追いつめる「重圧」へと変わり、「不正」を引き起こしてしまう恐れがあるのだ。

 そんなのはお前の勝手な妄想だというお叱りもあるだろうが、かつて高らかに「世界一」をうたっていた日本のものづくり企業が、「結果」が伴わなくなってきた途端、不正に走っている例はひとつやふたつではない。

 たとえば、冒頭でも少し触れた三菱自動車などわかりやすい。

 2000年に最初の大規模リコール隠しが発覚する少し前、「ピスタチオ」という小型車を発表しているのだが、ここで三菱自は「ガソリン燃費は世界一」(朝日新聞1999年10月7日)をうたっている。

 この「世界一」を追い求める姿勢は、「親」ともいうべき存在の三菱重工から受け継いだことは言うまでもない。三菱自動車は、三菱重工の自動車部門が分離・独立して誕生した企業なのだ。

 泣く子も黙る重工業界のドンとして君臨してきた三菱重工は、「世界一」を本気で追求する企業だ。「ピスタチオ」発表の1年前には、名古屋航空宇宙システム製作所の所長も務めた谷岡忠幸・三菱重工取締役(当時)は、こんな「世界一戦略」を掲げている。

「小粒でも何か一つの製品で世界一になることが今後の航空機産業で生き残る決め手だ」(日経産業新聞1998年6月19日)

 これは航空機に限らず、三菱重工が長く掲げてきた重要戦略で、この10年前には、三菱自の役員も歴任した飯田庸太郎氏(当時は三菱重工社長)が「他者の追随を許さぬ世界一の製品をつくりあげることが事業力強化の基本となる」(日経産業新聞1988年1月5日)と高らかに宣言している。