三菱自動車が不正を繰り返す陰にも
三菱重工の「世界一」の病が

 規模の面でトヨタ、日産などに勝てない三菱自が「世界一の技術」に活路を追い求めるのは、ある意味で自然な流れだ。これが独自の四輪駆動制御技術や、のちにPHEVの開発にもつながったのは言うまでもない。

 しかし、80年代から90年代にかけて繰り返し連呼された「世界一の技術」というスローガンが、思うように結果を出せなくなってきた三菱自の「現場」をじわじわと追いつめていったのも事実ではないだろうか。

 2000年、04年、そして17年と繰り返された不正は、そのまま三菱自が「多少のズルをしても世界一の技術を追い求めなくてはいけない」という強迫観念の強さを示しているような気がするのは、筆者だけだろうか。

 また、「世界一病」が真に恐ろしいのは、技術に対する「不正」だけではないことだ。3代の社長にわたって「不正会計」をしていたことが明らかになった東芝などは、その典型的なケースといえよう。

 この日本を代表する企業はこれまで100年以上、「世界一」という自画自賛を続けてきた。それを象徴するのが、東芝未来科学館(川崎市)で、日本初、世界初の電気製品を展示した「東芝1号機ものがたり」というコーナーである。技術論文誌「東芝レビュー」(VOL.69)のなかで、この展示の意義がこのように語られている。

 《「東芝1号機ものがたり」は、東芝が130余年の間、多くの“わが国初”と“世界初”を生み出してきたものづくりに、飽くなき探究心と情熱を傾けた歴史物語である。》

 確かに、1983年には「世界一の解像度持つCCDイメージセンサー」(日経産業新聞1983年10月27日)を開発。翌年には、皇太子殿下(当時)が、「世界一の清浄度を保つクリーンルーム」(日経産業新聞1984年3月31日)を視察するなど、東芝は日本が誇る「世界一の企業」だった。