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日本一のチームをつくる
【第4回】 2011年11月17日
著者・コラム紹介バックナンバー
藤井純一 [北海道日本ハムファイターズ前代表取締役社長]

すべての仕事が地域密着につながる
その土地の特性を活かす――北海道日本ハムファイターズ

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プロ野球とJリーグの両方で社長を務めた初めての男、藤井純一氏による集中連載。第4回では地域密着について、より掘り下げていく。あらゆる意味で状況の異なる2つのチーム(クラブ)を率いたからこそ分かる、「地域特性」の活かし方。

大赤字の裏にあったもの

 ファイターズ着任後、まず取りかかったのは、赤字の現状把握だった。

 ここでも、私はファイターズの(そしておそらく球界の)経営感覚に驚かされた。どれだけ曖昧な予算を組んでも、最終的に親会社に提出する数字は黒字になっている。親会社の側も、本当は赤字だということを察しつつ、とくに追及もせずに受け取っていた。ここにも、長年の習慣で築いてしまった「なあなあ」の関係があった。

 しかもまずいことに、社員にはその業績を開示していなかった。社員は「赤字が出ても親会社が出してくれるから大丈夫」という意識を漠然と抱いているだけで、各自の努力によって危機を切り抜けなくてはいけない、などという自覚を持つには程遠い状態だった。

 こうなったら、まずは現状を明らかにすることから始めなくてはならない。意味のない黒字の予算書をとりやめて、赤字予算でも本社に提出することに踏み切った。現実的な赤字額を明確にして、そこからできることを考えていくことにした。そして、社員の意識改革にも乗り出した。毎月、実績を開示して現状を認識してもらう。そして各自の努力なしには数字を達成できない、という危機感を持ってもらうことが必要だった。とにもかくにも、意識改革である。

 同時に、いつもどおり「コスト削減作戦」も進めた。何年かかけて、意味のない外注を少しずつ減らした。

 とくにマーチャンダイジング関係の業務をすべて自分たちの手で行えるようにしたのは大きかったと思う。ユニフォームや備品、ショップで販売する商品など、スポーツチームが取り扱う商品は量も種類も非常に多い。それを外部の業者に委託せず、買い付けや発注も自分たちで行い、自社の倉庫に保管する。これだけで数億のコストを削減できた。

 ファンクラブのシステムにも手を入れた。最初に行ったのが、セレッソでも行ったファンクラブの自動更新。特に連絡がない限り会員資格を自動的に継続すれば、一年ごとに登録し直す作業の手間を省ける上、個人情報の廃棄を業者に委託する必要もない。

 郵送費も大幅カットした。8万9000人のファンクラブ会員に、80円切手を一枚貼って郵便物を送ると、それだけで712万円かかってしまう。ほとんどの人がメールアドレスを持っているはずだから、一斉メールしてしまえばよいではないか、ということになった。かかる費用は半分以下になった。

 ファンクラブの特典グッズも、無駄に高額なものは取りやめた。予算、つまり会員から集まった会費を本当に喜んでもらえることに使うこと。これが鉄則だった。

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藤井純一 [北海道日本ハムファイターズ前代表取締役社長]

1949年大阪府生まれ。近畿大学農学部水産学科卒業後、日本ハムに入社。京都・奈良の営業所を経て、本社へ。営業企画、広告宣伝を経て、1997年、Jリーグクラブのセレッソ大阪(大阪サッカークラブ株式会社)取締役事業本部長に就任、2000年に同社代表取締役社長。
一旦本社に戻った後の2005年、株式会社北海道日本ハムファイターズ常務執行役員事業本部長に就任。翌年より代表取締役社長。日本一(2006年)という成績面だけでなく、経営の黒字転換、本拠移転からの地域密着という難しいミッションを中心的に進めた。現在は、近畿大学経営学部教授。


日本一のチームをつくる

2004 年、日本ハムファイターズは、本拠地を札幌ドームへ移転した。そのファイターズに黒字転換と地域密着というミッションをもって送り込まれたのが、以前にJ リーグのセレッソ大阪の社長を務め、赤字だったクラブの経営を軌道に載せた藤井純一である。
彼はセレッソ大阪での経験を生かし、様々なアイデアを繰り出した。その裏でコスト削減にはより厳しい目を持った。その結果、2006 年以降、観客動員数は160 万人、183 万人、187 万人、199 万人と増え続けた。そして、2006 年の日本一を経て、チームも強豪に変貌した。
本稿では、藤井氏が北海道日本ハムファイターズで地域密着のミッションを成功させた軌跡、それを支えたセレッソ大阪での経験の一部を紹介する。

「日本一のチームをつくる」

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