冒頭からいきなり、会社法の特別背任罪(同法960条)に問われる事例を提示する。次の〔図表 1〕と〔図表 2〕で示した資料は、某上場企業の有価証券報告書(11年3月期)の一部を抜粋したものだ。これらの資料から、この上場企業で進行している不祥事を見抜くことはできるだろうか。
〔図表 2〕にある個人名や企業名を見て「大王製紙の元会長に対する、総額106億8000万円の貸付金の話だな」とわかれば半分は解けたようなもの。ただし、それは2011年9月16日付で元会長(〔図表 2〕では社長)が辞任し、翌17日以降、メディアが一斉に報道して、10月28日付で「大王製紙株式会社元会長への貸付金問題に関する特別調査委員会 調査報告書」が公表されたから分かる話だ。
9月15日以前に〔図表 1〕と〔図表 2〕の資料を一瞥して、特別背任容疑にまで発展する事実が隠されていた、と見抜くのは難しい。
不正の発見には
内部告発しかない
オリンパスの事件も含め、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の問題を語る人は多い。ただし、それは企業内部の問題であって、問題が表面化するまで、そして内部からの調査報告書が公表されるまで、外部から窺い知ることはできない。
それよりも、外部に対してすでに公表されている有価証券報告書を遡って、「この数値って、おかしかったんじゃないの?」と指摘する話があってもいいだろう。本連載は隔週なので速報性に欠けるが、その代わり、後掲の連結キャッシュフロー計算書と合わせ、有価証券報告書から浮かび上がる「不思議な数字の見方」を紹介していこう。
まず〔図表 2〕には、元会長に対する「短期貸付金+未収入金」で23億6800万円の債権が計上されている。これは11年3月末時点だ。前掲報告書によれば、11年4月~9月までの半年間に、元会長へさらに60億8000万円の貸し付けが行なわれている。
ところが大王製紙では、短期貸付金は流動資産の「その他」で一括りにされる(連結財務諸表規則23条3項)。さらに11年6月期(第1四半期)では、四半期連結財務諸表規則により〔図表 2〕の「関連当事者取引」が省略される。貸付金のすべてが「その他」と「省略」の闇の中に押し込められているのだ。
したがって、大王製紙と元会長との間でどのような取引が行なわれたのかを、外部の第三者が発見することは難しい。上場企業の事務負担の軽減を目的として、現在のディスクロージャー制度は簡素化が図られているが、その代償として、内部告発がなければ企業の不祥事を解き明かすことが不可能になってしまったのだ。
本連載を執筆している関係で、様々な人から「会計不正や粉飾決算を見抜くには、どうしたらいいか?」と聞かれる。建前としては「ない」と答えることにしている。筆者は、自製のソフト『原価計算工房Vre.6』を使って上場企業約400社をウォッチングしており、中には「?」と思う企業があるのは確かだ。しかし、金融商品取引法158条(風説の流布、偽計、暴行又は脅迫の禁止)に抵触するような内容は、おいそれとは書けないのである。