カイオム・バイオサイエンス社長 藤原正明
Photo by Toshiaki Usami

 2011年12月20日、バイオベンチャーのカイオム・バイオサイエンスは東証マザーズに上場した。“究極のオーダーメード医療”の実現に一歩近づいた瞬間を、社長の藤原正明は10年前の自分に見せてやりたかった。

 当時、社会人を10余年経験しても専門性を持てないことに焦っていた。それまでの経験が後にベンチャー経営に生きることなど、このときは知る由もなかった。

 新卒で入社したのは製薬大手の中外製薬。中外は腎不全患者の貧血治療に使うエリスロポエチン(EPO)というクスリを開発している最中だった。バイオ医薬品の草分けであるEPOの効き方を研究するチームに配属され、バイオ医薬品の革新性を目の当たりにした。

 EPOの開発が無事終わると研究所の企画担当となり、提携相手であるバイオベンチャーとの窓口役を担った。30代前半の4年間は米国に赴任し、提携候補となるベンチャーや技術を発掘して回った。帰国後は製品企画を担当。新薬候補をそれぞれ評価して資源を集中する優先度を判断し、製品ポートフォリオの構築に携わった。

 40歳を前にコンサルタントへ転身した。その後さらに別の会社に移ったときに、知人を通じて理化学研究所の研究者がまとめた「ADLib(アドリブ)システム」という抗体を作製する基盤技術の論文を手にした。

 アドリブは生体内に侵入した異物(抗原)を排除する抗体を作り、抗体医薬の開発につなげるものだった。ニワトリ由来の免疫細胞の遺伝子組み換えを活性化させ、少しずつ形の異なる多様な抗体を大量に作る。このなかに病気の原因となる抗原を入れ、抗原に結合する抗体を迅速に見つけ出すのだ。既存の抗体作製方法に比べて抗体を短期間で作れ、そのうえ従来は抗体取得が難しいとされたタイプの抗原にも対応できた。

「これはいける」と確信した。

 新しい技術を評価する手法は中外で身につけた。バイオ医薬品の一種である抗体医薬の知識も深かった。ベンチャー経営は中外時代の提携先や交渉先を通じてかじっていた。組織づくりはコンサル時代に身につけた。今までの経験が背中を押して05年2月、理研発のベンチャーとしてカイオムを立ち上げた。

社員が大量に去った最大の危機を乗り越え
技術強化で大型契約

 ビジネスモデルは他のベンチャーとは異なった。一般的な創薬型ベンチャーは開発の中期段階に入るまで自社で研究開発を行うので、製薬会社に導出するまでの期間が長く、多大な費用がかかる。開発の途中で失敗するリスクも高い。