1961年(昭和36年)4月1日。法的には、この日をもって日本は「国民皆保険」を実現したことになっている。

 だが、「いつでも、どこでも、だれでも」という基本理念を実現するには、保険制度を作って国民全員を加入させれば、「ハイ!皆保険のできあがり」というわけにはいかない。

 法律が作られても肝心の医療を受けられなければ、健康保険は機能していないことになる。住んでいる場所が都市部だろうが、へき地だろうが、病気やケガをしたときに適切な医療を受けられる病院や診療所があり、治療してもらえる医師や歯科医師がいてこそ、はじめて国民皆保険は実現したといえる。

 そうした視点で皆保険実現の年を探っていくと、意外な事実が浮かび上がってきた。

好景気と貧困が交錯するなかで
生まれた国民皆保険への機運

「もはや戦後ではない」。経済企画庁(当時)は、1956年度(昭和31年度)の「経済白書(日本経済の成長と近代化)」の序文に、この有名な一文を書き、太平洋戦争後の日本の経済復興が終わったことを宣言した。

 皮肉なことに朝鮮戦争による特需で日本経済は回復し、当時の国民総生産(GNP)は戦前の水準を超えるまでになっていた。世間はのちに続く高度経済成長の始まりとなる神武景気に沸いていたが、その一方で貧困から抜け出せない人々の存在も大きな社会問題として注目を浴びていた。そのため、同じ年の「厚生白書」(昭和31年度版)では、「果たして『戦後』は終わったか」と問いかけ、貧困の状態を明らかにしている。

 当時、貧困の原因の多くは病気やケガによるもので、医療を受けられないために病気が長引き、仕事にもつけなくなり、貧困に陥るという悪循環が繰り返されていたのだ。