ところが1ヵ月ほど経った頃、突然、社長宛に小森からメールが来た。急に引っ越すことになったので、退職したいという。メールではうつ病に関する損害請求等のことは何も触れられていなかった。

 職人たちの噂によると、小森はライバル会社に今の給与の1.5倍の額を提示され、転職したとのことだった。結局「うつ病で働けない」というのは、嘘だったのだろう。無断欠勤を繰り返した挙句、「うつ病」と言って急に休み、最後にはライバル会社に転職した話を聞き、社長は怒りが込み上げてきた。とはいえ、社長が何よりホッとしたのは、損害や慰謝料といった金銭の要求がなかったことだ。「自主退職していったなら、よかったのかもしれない」と割り切ることにした。

ライバル会社に就職した
小森が1年後に逮捕?

 社長は相談した社労士から、「資材の購入や経理処理の流れ、労働時間の管理等の不備に付け込まれた以上、今後はしっかりとチェック機能を入れて、きちんと管理するべきだ」と厳しく指導された。忙しさに紛れて、管理を疎かにしていたことを猛省し、徳田の力を借りて、管理体制の見直しを図っている。

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 それから1年後。ライバル会社に就職したはずの小森が窃盗で捕まったという話が、経営者仲間からもたらされた。転職先で、同僚の財布を盗んだからとのことだった。さらに借金がかさみ、妻にも愛想を尽かされ、離婚したばかりだったという。

(悪いことをしている奴は、必ずそれなりの罰が下るのだな)と社長は思った。

 R社の資材がなくなった件の証拠は残念ながら上げることができなかったが、従業員たちの証言から、羽振りが良くなったという小森が横流ししたのは間違いないだろうと社長は思っていたので、少しだけ胸がスッとする気持ちだった。

 今回の事例のポイントは2つある。

 1つは金銭要求だ。結果的に小森がうつ病で労災申請をしなかったが、もし、労災が認定されていたら、会社側に安全配慮義務違反があったとして損害賠償を請求する可能性もあっただろう。こうした過去の事例では、約1000万円を支払うことで和解したケースもある。長時間労働の問題は、会社側のリスク管理としては最優先事項とも言えるだろう。

 もう1つは資材の横流しだ。会社側の管理が不十分だったため、小森に対する問題の追及ができなかったことである。もし、証拠が見つかれば横領の罪に問われていたはずだ。

 今回の事例を教訓に、R社は、発注や在庫管理などを担当任せにせず、2重チェックの仕組みを取り入れたり、長時間労働対策も外注先を早急に確保する等の対策を行って、体制の見直しを図っている。

 皆さんの職場で同じようなことが起こっていれば、参考にしてみてはいかがだろうか。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため社名や個人名は全て仮名とし、一部に脚色を施しています。ご了承ください。