財政健全化ロードマップをベースに突き進む

 浜松市はなぜ財政健全化を進めることができたのだろうか。まず、鈴木市長が誕生した背景にあったのが、スズキ株式会社(以下、スズキ)代表取締役会長の鈴木修氏ら、地元経済界の有力者の不満だ。「行財政改革が足りない」と、前市長の市政運営に意見を示していた。

 鈴木市長は1980年に松下幸之助の設立した松下政経塾に一期生として入塾し、直接、松下幸之助の講義を受けたこともあった。「国・地方の財政が将来危機的状況になる」、と警鐘を鳴らした松下幸之助の教えと意志を受け継ぐ鈴木市長に、地元経済界から白羽の矢が立った。

 鈴木市長は2007年4月の浜松市長選挙で、「スピードある行財政改革で 必要な政策のための財源をつくる」と掲げ、20万3923票を獲得し勝利する。一方、対抗馬であった前市長は19万2293票と、1万1630票の僅差であった。

 鈴木市長の就任後、浜松市は第2次『浜松市行財政改革推進審議会(以下、行革審))を組成し、会長にはスズキの鈴木修会長、そして、会長代行にはヤマハの伊藤修二特別顧問(当時)が名を連ねた。

 行政、財政の改革を進める行革審は、第1次~第4次まで存在。メンバーには地域の有力企業トップのほか、学術界、NPOなど、様々な組織から委員が集まった。鈴木修会長と伊藤修二会長代行は前市長時代の第1次行革審(※1)及び、鈴木市長時代の第2次行革審(※2)に携わった。

 第2次行革審は、浜松市に対して「市政全般」「執行体制」「人件費」「附属機関等」「資産経営等」「教育環境の整備」「補助金」「外郭団体」と多岐にわたる提言を行い、今後、市が実行すべきプログラムはほとんど出そろった。そして、その後の3次行革審(※3)、4次行革審(※4)では、進捗管理の徹底に重きが置かれ、市は粛々と財政健全化への道を突き進むこととなる。

(※1)第1次 浜松市行財政改革推進審議会(2005年8月5日~2007年3月31日)
(※2)第2次 浜松市行財政改革推進審議会(2007年8月17日~2009年8月16日)
(※3)第3次 浜松市行財政改革推進審議会(2009年10月26日~2011年10月25日)
(※4)第4次 浜松市行財政改革推進審議会(2012年1月16日~2014年1月15日)