その後、エヴァンスは自己のトリオで活動を続け、遂に「ワルツ・フォー・デビー」を吹き込みます。NYグリニッジ・ビレッジのジャズの聖地ヴィレッジ・ヴァンガードでの実況録音盤です。

 このアルバムを味わう最大のポイントは、ピアノとベースとドラムの3者の戦略的な分業です。もともと左利きだったのに加え、クラシック・ピアノを学び、確かな技量を備えたエヴァンスの左手は、和音も伴奏を確実に奏でます。それ故、ベース奏者スコット・ラファロは大きな自由を獲得します。スコットは重低音から高音域まで、積極果敢かつ即興的に音を繰り出し、和音に陰影を与え豊かな土台を提供します。ドラム奏者ポール・モチアンも表情豊かなシンバル・ワークで、楽曲に色彩感を与えます。

 その上で、エヴァンスの右手が粒立ちの良い音色で飛翔し、トリオとは思えない大きな音楽空間が現出します。表題曲は、エヴァンスの実の兄ハリーの娘デビーの3歳の誕生日に、愛と祝意を込めた書いたものです。優しい旋律が、繊細な中にも自由に発展し、表情豊かに変奏され、深い印象を残します。

 さて、ビル・エヴァンスは、麻薬常習と、それによる健康問題を抱えたまま、ジャズの第一線で活動し続けます。ある時は、ヘロインを右手に注射し過ぎて神経が麻痺し右手が全く使えなくなり、左手だけで演奏せざるを得なかったこともあります。それでも、聴衆は気がつかなかった、というのですから、天才ならではの神業的エピソードです。

 麻薬の問題は深刻でしたが、爆発的な才能が高水準の仕事を支えました。この時期の傑作に「モントゥルー・ジャズ・フェスティバルのビル・エヴァンス」(写真)があります。ピアノ・トリオによるジャズを一般の音楽愛好家の間に広め、グラミー賞も受賞しました。幅広い層にジャズが広がる一つのきっかけでした。