携帯電話が鳴っている。

 森嶋はそのまま放っておこうかと思ったが、手を伸ばして携帯電話を取った。この時間にかかってくる相手はほぼ想像はついた。

〈日本政府は動き出したか〉

 ロバートの声が飛び込んでくる。

「俺の口から言えないことくらい分かってるだろ。こうして話していることさえ問題になる」

〈アメリカ時代の友人2人がバカ話をしてるだけさ〉

「誰もそうは取らないさ」

 言ってから、ロバートの立場はどうなんだという疑問が生まれた。この微妙な時期に、大統領に近い者が日本の官僚と深夜にプライベートなやりとりをしていいのか。

〈お前の国はいつも反応が遅い。こちらが手を差し伸べているのに無視して、手遅れ寸前に泣きついてくる〉

 そういう言い方はないだろうという言葉を呑み込んだ。

「何の用だ。いま、日本が何時なのか知っているのか」

〈午前3時のはずだ〉

「知っててかけてきているのか」

〈十分それに値する情報だ〉

「ジョン・ハンターが日本に来ていることか」

〈ホテルに前線基地を置いている話か。それより、インターナショナル・リンクが動き出した〉

 インターナショナル・リンクは、ジョン・モビアスによって1910年に設立された世界でも権威のある格付会社の一つだ。従業員は3600人。売り上げは20億ドルにのぼる。主に債券発行会社から格付け手数料収入を得て運営している会社である。

 その歴史は、アメリカの鉄道会社250社の債券を格付けしたのを皮きりに、1920年代後半にはアメリカ国内で発行される債券のほぼ100パーセントをカバーした。現在、世界の投資機関に大きな影響力をもち、世界中の投資機関がインターナショナル・リンクの格付けを用いて株券や債券の投資決定が行なわれている。顧問にノーベル賞学者も抱えている。

 日本では1975年に東京事務所を開設し、格付けを始めた。

 リーマンショック時には最上級にしていた債権を、わずか数日でジャンク格まで下げたことにより米国上院・下院の双方で責任を問われ、規制が強化されるようになった。

 この会社の評価によると、日本は上から3番目のAa2にあたる。日本国債はなぜかその上の2番目のAaだ。