量的緩和策(QE)は、「愛の妙薬」に似ている。ドニゼッティのコミカルなオペラ「愛の妙薬」には、怪しげなニセ薬売りが登場する。彼は田舎の村を渡り歩き、あらゆる病気、あらゆる心の悩みに効く万能薬を売りつける。

 実際はただの安ワインなのだが、主人公の純朴な青年ネモリーノは、それが恋の悩みにも効くと騙されて購入してしまう。「妙薬」を飲んだ彼は、もりもりと勇気が湧き(単に安ワインに酔っている)、憧れていた女性に強気にアプローチする。そこにいくつかの幸運も加わって、めでたく2人は結ばれるというストーリーである。

 中央銀行が市中金融機関の超過準備を大規模に増加させると、さらに金融緩和が進んで、マネーサプライが増加し、その国の通貨は下落する、という見方がある。しかし、そういった貨幣乗数モデルは今は機能しない。中央銀行がいくら大量にマネタリーベースを増やしても、その資金は市中に流れず、単に中央銀行の当座預金に退蔵されるだけに終わってしまう。

 最大の理由は、銀行経営における資本の制約にある。貨幣乗数モデルは、準備預金を追加的に手に入れた銀行は、貸し出しや証券投資を自動的に増加させることを前提にしている。しかし、現代の厳しい自己資本比率規制、レバレッジ規制の下ではそうはならない。