米ドルの実質実効為替レートの
今年1月末から5月末までの減価率

関税の影響は長引く、ドル安が物価圧力に加わる中、FRBの早計な利下げは命取りにも

 トランプ米大統領の関税に各国は翻弄されている。米イエール大学予算研究所によると、実効関税率は7月13日時点で18.2%ポイント上昇しており、いまだ着地点は見えない。

 関税は物価上昇・景気下押し要因とされる。だが、ベッセント米財務長官は指名承認公聴会で、関税を課してもドル高や輸出側の販売価格の引き下げなどで物価上昇は抑制されるとの見解を示した。しかし、実際に起きたのはドル安だ。

 米ドルの実質実効為替レートは近年ドル高が進み、1月にはナローベースでプラザ合意時を超えたが、その後反転し、5月末までに6.5%減価した。ただ、依然として変動相場制移行後の高値圏にある中、今後関税による物価への影響を相殺するようなドル高が進むとは想定しづらい。

 確かに関税は米国の輸入を減らし、ドル高要因になるが、為替レートを左右する大きな要因は、予想に大きく影響される資本移動による為替需給である。現状はドル安予想につながる要素が多い。トランプ大統領による関税を使った脅しに加え、中央銀行への介入や利下げ要求、持続可能性に欠ける財政赤字、友好国への強硬姿勢などから、ドル離れを意識せざるを得ない。ポートフォリオのリバランスが進み、ドル安基調が続きそうだ。

 加えて、関税率が不確定で物価への顕現化が想定以上に遅れている。ドル建て輸入が多く、為替レートの物価への波及に時間がかかる点も影響している。さらに、企業収益が関税を吸収するかどうかは需要側も関係するので、関税の物価への影響の大きさやその持続性の程度には、不透明感が強い。

 FRB(米連邦準備制度理事会)内には、関税による物価上昇は一時的なのでやり過ごしてよいとし、次回会合での利下げに言及する者もいる。長期的なインフレ予想が物価目標にアンカーされているとみているからだが、そうとは言い切れないとの分析も出てきている。実際、近年の高インフレの経験からアンカー力が強いとは言い難い。

 物価上昇率が目標の2%を超えている中、関税の影響を一時的だと早計に判断すると、政策対応を再び誤りかねない。物価動向の特徴を丁寧に分析し、トランプ政権に惑わされることなく適切な政策運営を行うことが、中央銀行の信認確保のために今こそ求められる。

(キヤノングローバル戦略研究所 特別顧問 須田美矢子)