東海道本線の下り特急「富士」で神戸駅に着いたシュンペーターは、招聘元の神戸商業大学(現在の神戸大学)教授、瀧谷善一丸谷喜市(★注1)の出迎えを受けた。1931年2月6日の夜である。翌2月7日から10日にかけて、神戸商大講堂で3回の講演を行なう。8日の日曜日は京都旅行に出かけた。京都帝国大学の賓客として晩餐会に出席することになっていた。

神戸商大講演でのポイント

 神戸商大の3回連続講演のうち、1回目と2回目はいずれも神戸商大が発行する『国民経済雑誌』に英文の講演原稿が全文掲載されている(★注2)。本稿では、3回分の要旨を掲載した「神戸商大新聞」(1931年2月15日付★注3)からポイントを整理してみた。

神戸商大講演 第1回(2月7日午後1時―3時)
商業政策の現状

・世界恐慌下の現在(1931年)、各国は関税による保護政策を取り入れているが、これは経済的理由ではなく政治的理由によるものだ。

・米国を先頭にして、やがて必ず自由で合理的な貿易政策に転じる。

・米国は最大の債権国であり、債権回収のためには高率な保護関税を撤廃して他国からの輸入品を受け取る必要がある。

・米国は生産力過剰にあり、他国に市場を見出すことになる。したがって自国の関税を先に引き下げることになる。他国も追随することになろう。

 ここで明らかなように、シュンペーターはオーストリア学派流の自由貿易を主張している。ただ、意識的に避けているのは政治的理由による自由貿易の阻害要因である。国際政治については例によっていっさい触れていない(連載前回参照)。

神戸商大講演 第2回(2月9日午後3時―5時)
理論経済学の現状

・経済学派は国別、思想別、方法論上により区分される。ドイツ歴史学派、ケンブリッジ学派、ローザンヌ学派、オーストリア学派などだ。

・英国のケンブリッジ学派は現在いちばん良い状況にあり、共通の基盤の上に発展している。

 第2回講演では欧米の経済学派を総覧し、それぞれ批判しながら最近の貨幣理論や国際貿易論をレビューした。

神戸商大講演 第3回(2月10日午後3時―5時)
利子の理論

・利子は投下資本の再生産以上の余剰として、賃金所得や地代所得の成立とは異なる根拠を持たねばならない。

・利子はプレミアムであり、投下資本の価値以上の余剰である。しかし、競争と生産的寄与の帰属の原則によって消失する。

・生産過程の新しい結合(イノベーション)によってプレミアムが生じる。このプレミアムは競争によって消失する。

・静態に利子はない(ベーム=バヴェルクは「ある」としている)。

・次の新しい収益基礎に基づく生産財の価値変更のためには時間が必要であり、プレミアムは時間と経済的発展の2要素による結合に帰せられる。

 難解な言い回しだが、イノベーションによる景気循環論と同じような論理構成になっていることはわかる。

 なお、この3回の講演のあとには、それぞれ教官、学生による質問討論会が開かれ、さらに食事会も続いた。講演、討論会、食事会、という流れだ。