有害な上司は職場にさまざまな災難をもたらす。部下から士気を奪って生産性を低下させたり、離職率を招いたりと、組織に実害をもたらすことが明らかにされている。ここで一つの疑問が生じる。虐待的な態度をとる上司の下で働いた人間は、自分が部下を持ったときにも同じように接するのだろうか。筆者らは、心理学の知見などをもとに、組織内で虐待の連鎖を断ち切る方法を提案する。


 有害な上司は、実にさまざまな形で従業員に害を及ぼす。士気を下げる、心身の健康を悪化させる、ワーク・ファミリー・コンフリクト(仕事と家庭の葛藤)を深刻化させる、などである。

 管理職の虐待的な行動は、生産性の損失、従業員の離職、訴訟を招くことによって、組織に年間数百万ドルの損害をもたらすと推定されている。先行研究によれば、リーダーの行動は「トリクルダウン」、つまり組織階層の下方向に伝染し、部下の行動に影響を及ぼすことが明らかになっている。

 とはいえ、上司にひどく扱われた経験を持つ監督者が、誰しも自分の部下を同様の目に遭わせるというわけではないことも確かである。では、どのような場合に監督者は組織内の虐待的な慣行を引き継ぎ、どのような場合にそうしないのだろうか。そして、その理由は何だろうか。

 これらの問いに答えるため、私たちはまず、ビジネス以外の分野に関する既存の研究に目を向けた。

 たとえば心理学者アルバート・バンデューラは、社会的認知理論によって、人がどのようにしてロールモデルから行動を学習するか(虐待的行動を含む)を説明している。模倣が成立するには、観察者はモデルとなる行動に注意を向け、その行動の記憶を保持し、それを再現するよう動機づけられることが必須だとバンデューラは主張する。

 バンデューラの研究グループは、この理論を裏づけるために、いまでは古典的な代表事例とされている実験を行った。スタンフォード大学の保育所の子どもたちに、攻撃的な行動と非攻撃的な行動のモデルを示すというものだ。モデルとなる大人が空気で膨らませた道化型の人形を放り投げたり、蹴ったり、木槌で打ったりするのを見ていた子どもが同様の行動をとる傾向(攻撃行動13件)は、組立玩具で穏やかに遊ぶ大人を見ていた子ども(攻撃行動1件)に比べて顕著だった。

 だが、この理論とは逆に、他の研究では、観察した行動をモデルにしない人も少なくないという結果が出ている。

 たとえば発達心理学の研究では、親から虐待を受けた子どもが成人になると、「脱同一化」という別の心理過程が、子育てのスタイルを決めるうえでの動機づけになることが明らかになっている。これらの親たちは、自分の子どもを正当に扱いたいと願い、虐待のパターンを繰り返さない決意をしていると回答した。

 このような研究結果の対立は、虐待の連鎖を断ち切る過程が十分に解明されていないことを示唆している。上司からの虐待を経験した監督者は、どのような場合に、いかなる理由で、虐待的でない、より倫理的なリーダーへと方向転換するのか。私たちはこれを解明するために、自己の同一性(アイデンティティ)と同一化の研究に目を向けた。