中古の楽曲ファイルが売買の対象になる――多くの人にとって、それはまさしく「想定外」のことだろう。「ファイル交換や違法ダウンロードがこれだけはびこっているのに、わざわざお金を払って買う人がいるの?」「劣化しないデジタル・ファイルを中古として安く売るなんて、正規販売元のレーベルが黙っていないんじゃないの?」といった疑問が浮かぶのも無理からぬことだ。
「ReDigi」は、2011年10月にアメリカで始まったサービス。ユーザー登録(無料)をすることでクラウドベースの楽曲ストレージが利用でき、そこにアップロードした楽曲ファイルのうち不要なものを同社のWebマーケットに登録することで売りに出すことができるほか、マーケットに並んだデジタル楽曲を中古として安値で購入することもできる。
ReDigi社によれば、平均的なインターネットユーザーはパソコンに保存した楽曲の20%しか聴かず、残りは無駄にディスクスペースを占有しているのだという。それにしても、まさかそれを中古として売れるとは――。
「あまりにも斬新な発想だから、誰もが最初は首を傾げる。しかしひとたび理解すれば、誰もが興奮してのめり込む」(同社CEOジョン・オッセンマッハー)
ちなみに価格はいかほどなのか? ReDigiのサイトを見ると、中古が0.49ドル、iTunes Storeで買えば0.99ドルというのが一般的だ(ただし中には、中古/新品とも0.69ドルといったものもある)。
中古CDならディスク表面の傷のせいで音飛びがしたり、解説冊子がよれよれになっていたりと、値引きの根拠は存在する。しかしデジタル・ファイルなら、何度コピーしようともまったく品質は劣化しない。新品同然どころか新品とまったく同一のものが中古として安く売られるなら、新品を売る立場の者は黙っていられないだろう。現に12年はじめにはCapitol Recordsが、著作権侵害の疑いでReDigi社を提訴した。違法なデジタル・コピーを売っているという主張だ。
一方ReDigiの言い分は、売っているものはコピーではなく正規購入品だということだ。具体的に言うと、同社のWebマーケットで扱っているのはiTunes Storeからの正規購入品のみで、ReDigi Media Managerという管理ソフトを用いることで、CDからリッピングしたファイルなどは除外しているという。
さらに、売られた楽曲ファイルは同社のクラウド・ストレージのみならず、同期していたMP3プレイヤーなどのデバイスからも削除されるため、ユーザーの手元には一切残らない。だからコピーを売っているのではなく、(デジタルでありながら)ただ一つの本物を売っているというのが同社の主張だ。
法廷ではReDigi社の主張が認められ、サイト閉鎖は免れた。しかし同社と既存音楽レーベル、そしてアメリカレコード協会との対立は根深く、前途は多難だ。そんな荒波に抗って事業を続けるReDigi社には、実は海賊版ダウンロード(資料によれば、2000年代後半だけで300億件という)を抑制し、アーティストを支援したいという高い志がある。
Artist Syndicationというプログラムがそれだ。音楽アーティストがReDigiのサイトにあるフォームから登録をすることで、売れた楽曲の価格の20%を得られる。
「史上初めて、アーティストが中古市場から収入を得られるようになった」(同社CEOジョン・オッセンマッハー)
たしかにそれは画期的なことだ。これまでは中古がどれだけ売れようと作り手には何のメリットもなかったが、この仕組みが定着して中古として何度も転売されれば、転売されるほど儲かることになる。
歴史を振り返れば、戦前にラジオが登場したときもレコード業界は大打撃を受けたという。なにせ(当時の)レコードより音質がよいものが無料で聴き放題なのだから。しかし結果的にレコード業界は壊滅などせず、ラジオと共存して繁栄した。
インターネット時代の新しい音楽の楽しみ方には、ReDigi以外にもネットラジオやSpotifyがある。特に後者は、日本版サービスはまだ始まっていないが、メジャーレーベルとの提携で用意された1500万曲もの楽曲から好きなものが聴けるという画期的なものだ(無料版は月10時間迄などの制約あり)。
しかし頼もしいのは、いずれも楽曲使用料などのかたちできちんと作り手への還元を行っていることだ。どれだけやる気があろうと、さすがに無収入では音楽活動は続けられない。作り手にとっても聴き手にとっても実のあるかたちで21世紀の音楽シーンが発展することを期待したい。
(待兼音二郎/5時から作家塾(R))