バートン・マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー』(井出正介訳、日本経済新聞出版社)は、内容の一部に重大な間違いを含む(と筆者は思う)が、投資家が繰り返し読むに値する名著だ。マルキール氏の文章の鋭さと楽しさは、翻訳(よくこなれた優れた訳だ)で読んでも十分に伝わってくるが、この本の中で彼が最も生き生きと攻撃性を発揮しているのは「テクニカル戦略は儲かるか」と題された第6章だ。
株価の動きや出来高などの取引データを、主にグラフで分析することで、効果的な売買タイミングや、もうかる投資銘柄を選別するアプローチを「テクニカル分析」と呼び、この分析の使い手を、「テクニカル・アナリスト」という(「チャーチスト」もよく使われる)。マルキール氏の攻撃対象だ。
章の初めの部分で、マルキール氏は、チャーチストへの批判を「弱い者いじめ」と呼び、「これほど哀れな対象をいじめるのは、多少アンフェアな気もする」とまで書く。今風に言うと、完全な「上から目線」の罵倒だが、隠そうともしない。筆者もテクニカル分析に対して批判的だが、ここまで言い切るには勇気が要る。
マルキール氏の自信は、さまざまなテクニカル分析手法をコンピュータの力を借りてテストしたが、いずれも、取引に伴って発生する手数料を超えて運用パフォーマンスを改善できなかったという広範な実証分析に支えられている。ここでマルキール氏が使った比較対象は、株式の「単純なバイ・アンド・ホールド(買い持ち)戦略」だ。いずれの手法も、これを上回ることができなかったという。
この事実に間違いはなかろうが、マルキール氏が主にテストしたはずの米国の株式市場は、前掲書の別の場所で、過去54年中、上昇した年が36回と書いているが、おおむね、100%買い持ち戦略にとって有利な時期だった。過去20年の日本の株式市場のように、弱気が優勢な市場では、株式を持たないか減らす時期を含むテクニカル戦略が、相対的に好成績を収める可能性がある。日本の場合、「テストする戦略の期間中の平均組み入れ率を終始維持する」といった、複雑な比較対象を設定してテストしなければならないかもしれない。
もう一つ気になるのは、「すべてのテクニカル手法をテストしたわけではない」という指摘に対する反論だ。彼も、優れた数学者や経済学者でも「テクニカル手法がうまくいくことは絶対にあり得ないと証明することはできないだろう」と書いている。