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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

5年ぶりのポップス・アルバム「Junction」は
「プロデューサー渋谷森久」最後の作品(1994)

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第8回】 2012年8月24日
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 1994年9月25日に発売された本田美奈子さんの5年ぶりのオリジナル・アルバム「Junction」(日本フォノグラム)は、プロデューサー渋谷森久さん(1939-97)と岩谷時子さん(1916-)のポピュラー音楽歴の総括だったのではないか。つまり、この時点でキャリア40年、戦後日本のポピュラー音楽史をつづってきた2人が1950年代から90年代の資産目録を整理し、本田さんに手渡して物語を書き続けるように託したのではないだろうか。

アルバム「Junction」の全曲分析

祈り 作詞:岩谷時子 作編曲:萩田光雄
         (グレゴリアン・チャント「キリエ」より)
ポジティブに愛して  日本語詞:岩谷時子 作詞作曲:I.Cano  編曲:見岳章
愛の讃歌 日本語詞:岩谷時子 作詞:E.Piaf 作曲:M.Monnot 
                編曲:萩田光雄
My Love of Destiny 作詞:高杉碧  作曲:三木たかし  編曲:萩田光雄
アマリア 作詞:岩谷時子 作曲:内藤法美 編曲:萩田光雄
風流風鈴初恋譚 作詞:岩谷時子 作曲:弦哲也 編曲:萩田光雄
BBちゃん雲にのる 作詞:阿久悠 作曲:深田太郎 編曲:鈴木豪
さあね 作詞:阿久悠 作曲:深田太郎 編曲:鈴木豪
命をあげよう~ミュージカル「ミス・サイゴン」より 
日本語詞:命をあげよう 作詞:R.Maltby Jr. & A.Boublil
作曲:C.M.Schoenberg  編曲:宮川彬良
つばさ 作詞:岩谷時子 作曲:太田美知彦 編曲:佐藤俊彦
すべてが変わるだろう 日本語詞:岩谷時子 作詞:P.Delanoe
作曲:M.Fugain 編曲:萩田光雄

 このアルバムの選曲は、渋谷さん、岩谷さん、本田さんが話し合って決めていったという。CDは廃盤だが、配信ではiTuneでユニバーサルから発売されているので、ぜひ聴いていただきたい。

本田美奈子「Junction」(日本フォノグラム、1994年9月25日)、現在はiTuneで発売されている。左が表面、右が裏面

祈り…「キリエ」をモチーフにした作品。「キリエ・エレイソン」(Kirie Eleison主よ、あわれみたまえ)はラテン語の典礼文だ。本作はレクイエム(ミサ曲)の起源であるグレゴリオ聖歌の「キリエ」を転用している。1100年前の聖歌で、平均律も音階もない時代だ。五線譜が出来る前のことだから、はっきりした音程もないが、音程を現した図はある。高杉敬二さんによると、渋谷森久さんと本田美奈子さんが渋谷邸で湾岸戦争(1991年)の報道番組を見ていて「平和を願う曲を」、と着想したらしい。作編曲の萩田光雄さん(1946-)は、男性合唱によるグレゴリオ聖歌風の斉唱(主旋律)に、本田さんによるオブリガード(伴奏の対旋律)を付け、オブリガードに岩谷さんの歌詞を乗せる、という手法で臨んでいる。新作(1994)。〔聖歌〕

ポジティブに愛して…シングル「つばさ」のカップリング曲。スペインのポップス・グループMECANO(メカーノ)の作品(1991)。「ポジティブ」はエイズ陽性のことで、岩谷さんは恋人の悲劇の歌をエイズ患者に勇気を与える歌詞にしている(詳細は後述)。〔エレクトロ・ポップス〕

愛の讃歌…エディット・ピアフ(仏1915-63)によるシャンソンの代表曲。越路吹雪さん(1924-80)による日本盤が大ヒットした(ピアフ盤1950、越路盤1954)。岩谷時子さんが初めて書いた訳詞である(ライブでは1952年初出)。〔シャンソン〕

My Love of Destiny…新作(1994)。三木たかしさん(1945-2009)に依頼したのは渋谷森久さんである。渋谷さんは劇団四季の音楽監督でもあり、三木さんに劇団四季オリジナル・ミュージカルの作曲を長年にわたって依頼している。〔ポップス、バラード〕

アマリア…越路吹雪、内藤法美夫妻と岩谷時子さんによる作品(60年代)、ポルトガルのファドで有名な歌手アマリア・ロドリゲス(1920-99)をモチーフにしている。東芝EMIで1961年から越路吹雪さんの担当ディレクターだったのが渋谷さんだった。〔ポップス、ファド風〕

風流風鈴初恋譚…新作(1994)。演歌歌手になりたい、と10代のころに考えていた本田さんの要望であろう。〔演歌〕

BBちゃん雲にのる…1920年代の米国で流行したチャールストン風の軽快なポップス。新作(1994)。〔ポップス、チャールストン風〕

さあね…⑦⑧の作曲者、深田太郎さんは阿久悠(1937-2007)さんの子息。新作(1994)。〔ポップス、ロック風〕

命をあげよう…ミュージカル「ミス・サイゴン」の代表的なナンバー(1989)。本田さんが岩谷さんと初めて出会った作品。宮川彬良さん(1961-)はかなり手の込んだアレンジで独立した歌曲を完成させている。本田さんは歌唱法を変化させながら歌う。連載次回で詳しく分析。〔ミュージカル・ナンバー〕

つばさ…シングルが先行して発売された連載第7回参照)。新作(1994)。〔ポップス、バラード〕

すべてが変わるだろう…フランスの作家・歌手による作品(1973)。岩谷さんの選択。原曲を聴くとシャンソンだが、本田さんはバラードのように歌っている。編曲した萩田さんは、「Junction」1曲目の「祈り」をニ短調(Dm)で書き、終曲のこの曲は原調どおりハ長調(C)で明るく終わる。しかし、最後の和音はCメジャー7th(Cmaj7)にして完結させない(★注①)。「続きはまた」という暗示だろう。〔シャンソン〕

★注①もしかすると4和音ではなく5和音かもしれない。筆者の耳では聴き取れず

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


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日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

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