そんなのできっこない!
絵に描いた餅プロジェクト

ソニー元副会長の森尾稔氏森尾氏が手にしているのは、自身が開発に関わったハンディカム。森尾氏はハンディカムの父としてソニーの歴史に名前を残している。 Photo by Y.A.

――昨年、旭化成フェローの吉野彰氏がリチウムイオン電池の技術でノーベル化学賞を受賞しました。受賞直後の編集部によるインタビューの中で、電池技術の開発が進んだ要因の一つとして「ソニーに森尾さんがいたから」と言及していました。

 吉野さんは確か89年ぐらいに、ソニーに「共同開発をしましょう」と言ってこられた。うちはリチウムイオン電池については、西美緒さんという技術者が中心になって取り組んでいたから、共同開発はお断りしたんです。でも「性能の評価だけでもしてもらえませんか」とおっしゃるので、それはお受けしました。ユーザーの視点で、いろんな条件で性能を試しましたね。

 89年は、パスポートサイズのハンディカムが大ヒットした年です。私はこの事業の開発技術部長だったのですが、ヒット後の最大の課題が「次のヒット商品をどう作るか」でした。通常の商品設計は1年ごとにするものですが、1年サイクルでは思い切ったものは生まれません。

――当時のソニーの勢いなら、目先を少し変えたぐらいでも製品は売れたでしょうね。

 売れたと思いますよ。でも他社も同じことをやるから、圧倒するものはできない。だから新しい技術を盛り込んだ、画期的な製品を3年ぐらいかけてやろうと考えました。EMプロジェクトというのを立ち上げて、軽くて強力なリチウムイオン電池や非球面レンズといった技術を搭載しようと。電池は重要だったんです。

――EMってどういう意味ですか。

 本当は何かの略で、エクストリームなんとか……。ところが現場の連中が「そんなこと実現できっこない、絵に描いた餅だ」と言ったものだから、「絵に描いた餅プロジェクト」って呼ばれました。

――なぜ飛び抜けたものをやろうと考えたのですか。会社がそう求めたのですか。

 いやいや。ある部下が僕にそう進言したの。星飛雄馬(『巨人の星』の主人公)はいざというとき、隠し球で相手の三振を取ると言って、「森尾さん、僕らも絶対に隠し球がなきゃいけませんよ。毎年みんなと同じような競争をしていちゃだめだ」と言う。そして僕もそのとおりだと思った。

 なぜなら、ターゲット設定こそが重要だからです。ターゲットを設定してしまうと、それ以上のものはできません。上司が低いターゲットを与えると、本来ならもっと能力を発揮できる部下も、ターゲットを上回るものをやらなくなる。それはもったいないし、部下という人材に対しても失礼。やる気の芽を摘んでしまいます。だからできるだけ背伸びをしたターゲットが必要なんです。