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かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

「Music Fair」へ17年間に23回招き、
多彩な歌唱を生んだ石田弘プロデューサー

坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]
【第9回】 2012年9月7日
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 アルバム「Junction」(日本フォノグラム、1994)に収録された「命をあげよう」は、本田美奈子さんが生涯に1000回は歌ったであろう「ミス・サイゴン」の代表的なナンバーである。「Junction」版は、ポップスと声楽の声質を往復する実験的な歌曲となっている。また、「Music Fair」(フジテレビ)では、「ミス・サイゴン」公演中(92年)にスタジオで鮮烈な「命をあげよう」を歌った。今回は「命をあげよう」の分析と、「Music Fair」プロデューサー石田弘さんが語る「本田美奈子さんとの17年間」。

「Junction」版「命をあげよう」の構造

「ミス・サイゴン」で「命をあげよう」(A.ブーブリル作詞、岩谷時子訳詞、C.M.シェーンベルク作曲)を歌う本田美奈子さん(1992年、帝国劇場)
写真=東宝演劇部提供

 本田さんが残した「命をあげよう」の録音は4種類ある。録音順で①東宝のスタジオ録音盤(ハイライト、1992)、②東宝の帝劇ライブ盤(全曲、1992)、③「Junction」版(1994)、④遺作となった日本コロムビア盤(「心を込めて」2006)である。

 「Junction」版「命をあげよう」だけが原調より長2度高いキー(調性)でアレンジされている。ほかの3点はいずれも原調どおりで小節数もまったく同じだ。

 高杉敬二さんによると、「Junction」のプロデューサー渋谷森久さん(連載第8回参照)が、「美奈子のいちばんきれいな声で録音しよう」と、キーを上げたのだという。

 編曲した宮川彬良さん(1961-)は、キーを上げるだけでなく、器楽だけの間奏を2ヵ所に挿入し、原曲とは少し印象の違う歌曲として再構築している。本田さんはミュージカル風の歌いあげる地声(胸声)とソプラノ風の裏声(頭声)をフレーズごとに切り替え、両者の歌唱法を融合するために実験しているように聴こえる。

オリジナル(原曲)「命をあげよう」の構成

①前奏…4小節(ト短調、Gm)
②主題…8小節〈歌の開始〉「抱いてあやした子よ~」
③主題(リピート)…8小節「生まれたくないのに~」
④展開部(A)…7小節(ハ短調、Cm)〈次第に高揚〉「恐れを越えた恋~」
⑤展開部(B)…3小節(変イ長調、A♭→G7)〈いったん収める〉
 「あげよう私に無いもの~」
⑥展開部(C)…18小節(ニ短調、Dm)〈再び高揚、劇的〉
 「神の心のまま~」
⑦再現・終結部…12小節(ホ短調、Em)〈主題を再現して終結〉
 「神の心のまま~」

 ほぼ楽節ごとに転調し、最後の⑦でキーはいちばん高くなる。①の最低音ト(low G、ソ)に対して⑦の最高音は二点ホ(hi E、ミ)だから、2オクターブに短3度狭いくらいだ。かなり広い音域を地声で歌う。後奏は省略。

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坪井賢一 [ダイヤモンド社論説委員]

1954年生まれ。78年早稲田大学政治経済学部卒業後、ダイヤモンド社入社。「週刊ダイヤモンド」編集長などを経て現職。著書に『複雑系の選択』『めちゃくちゃわかるよ!経済学』(ダイヤモンド社)『浦安図書館を支える人びと』(日本図書館協会)など。


かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史

日本のポピュラー音楽の誕生をレコード産業の創始と同時だと考えると、1910年代にさかのぼる。この連載では、日本の音楽史100年を、たった20年の間に多様なポピュラー音楽の稜線を駆け抜けた本田美奈子さんの音楽家人生を軸にしてたどっていく。

「かの残響、清冽なり――本田美奈子.と日本のポピュラー音楽史」

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