5.そして、誰でもクビになる

 17世紀フランスの政治家・リシュリュー枢機卿の有名な言葉に、「世界で最も正直な人物も、その人が書いた文章が6行あれば、絞首刑にする理由を見つけられる」というのがある。あらゆるデータは証拠として維持される。そのときは問題視されずとも、いざというときのために証拠は取っておかれるだろう。

 たとえば、あなたがライバル会社に高給で引き抜かれようとしたとき、社長のライバルである専務になびこうとしたとき、このような過去の問題行動の証拠が使われるかもしれない。証拠を持ち自由に使える権力者の立場は、過去になかったほど強化されている。ごくささいな法律違反や社内の規定違反やハラスメント的な言動でも、その人に永遠につきまとい、人生に重大な影響を及ぼしかねない。

心身の健康を蝕む監視を
管理者がやめない理由

 監視を感じざるを得ない状況になったとき、人は恐怖を感じる。

「私たちは監視されていると、自分が危険にさらされていると感じる。動物は自然界で捕食者に監視されているが、私たちも監視されているとき、自分が弱い獲物になったように感じる(監視する側に回ると、強い捕食者のように感じる)。中略 そのような状況に置かれた人は、心身の健康が蝕まれるという。自尊心が低下し、抑鬱状態に陥り、不安が高まる。」(『超監視社会』ブルース・シュナイアー著)

 われわれ人類は、徹底的な監視下において、ストレスなく生きる能力をまだ、身に付けていない。そのため、メンタル問題を発症する個人はますます増えることになる。だから監視を強化すると、結局は業務の生産性が下がってしまうだろう。

 このことから合理的に考えれば、社員を弱らせるようなことを経営者はしないと思うかもしれない。しかし、経営者、管理者はやるに決まっているのである。理由は、権力の維持だ。

「党はただ権力のために権力を求めている。われわれは他人の幸福などにいささかなりとも関心は抱いていない。われわれは権力にしか関心がないのだ。富のためでも贅沢のためでも、また長生きするためでも幸福を求めるためでもない。ただ権力、それも純然たる権力のためなのだ。権力は一つの手段ではない。れっきとした一つの目的なのだ。」(『1984年』)

 権力の獲得に対する特定の人間の異常なまでの執着を侮ってはいけない。経営者には、政敵の動きや自分の言動に反対する勢力を発見し排除したいという「動機」があり、適当な理由さえあれば合法的に情報を検閲する「機会」がある。そして、会社の秩序維持という「正当化」ができるのだから、必ず監視活動を活発化させる(*)。すでに、ツールがそろっているのだから、これからの経営者は、新しい監視技術をとことんまで使おうとし始めるだろう。

(*)犯罪社会学の泰斗 クレッシーによる『不正の三要素』から