安曇は紙袋から買ったばかりのノートを取り出して、太い万年筆で2本の寒暖計を描いた。それからマーカーで一方は黒色、片方は赤色に塗りつぶした。

第1章 会計はだまし絵、隠し絵だ(前編)

「黒色の寒暖計は売上、赤色は費用(※6)を表している。ところが利益はどこにもない。しかし、この絵から利益の大きさを知ることができる。では、利益はどこに隠れていると思うかな?」

 由紀は考え込んだ。安曇の問いかけは何を意味しているか。そして、今まで深く考えずに使ってきた「利益」とは一体何なのか。

「答えを言おう。利益とは売上(※7)と費用の差のことだ。上の寒暖計の長さから下の寒暖計の長さを差し引いた差額が利益を表している。つまり、黒色の寒暖計が赤色の寒暖計より長ければ、その差が利益ということだ。逆に、赤の寒暖計が黒色の寒暖計より長い部分が損失だ。これで黒字と赤字の意味もわかったね」

「つまり、利益は単独には存在しない、ということですか?」

 由紀は、今まで利益は売上や費用とは別に存在するものだ、と思い込んでいた。しかし、そうではないのである。

「その通り。利益は差額概念なのだ」

「先生が損益計算書を寒暖計とおっしゃるのには、なにか深い意味があるのでしょうか?」

「利益は計算結果であって、手にとって確かめることはできない。このことが、会計を謎にしているのだよ」

「謎ですか……」

 由紀は、安曇の表現が大げさに思えた。単なる差額計算に過ぎないではないか。しかし、目の前の会計のプロは、大まじめに謎だと言っているのである。

「これは会計の根幹に関わる重大なテーマだ。いまはわからなくても、1年後には理解できるはずだ」

 安曇はこの話を一方的に打ち切った。

(※6)費用……費用の発生とは経済価値の消費のことです。材料を使う、人が働く、設備などを利用するということです。これを金額に置き換えたものが会計上の費用です。

(※7)売上……物品の販売や運賃などのサービスの提供、あるいは資金の運用などで得た価値のことを収益と言います。収益のうち製品や商品の販売によって流入した価値が売上です。収益を得るために消費した価値を費用と言います。利益は流入した価値と消費した価値の差額です。本書は、物品の製造販売あるいは購入販売会社を前提として書かれている関係で、収益を売上と言いかえています。

(次回は10月3日更新予定です)


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