新興国での成功なしに
成長を維持することはできない

 他の多くのケースと同じように、話は西洋の企業が新興国市場で最も安い製品を売ろうとするところから始まる。

 ジレットは以前、インドではもっぱら「マッハ3」などの、アメリカの低・中間所得層向けカミソリ製品を新しいパッケージで売っていた。しかし、所得ピラミッドの最上位層を除いて、4億人にのぼるインド人男性のほとんどは、依然として二枚刃のカミソリでひげを剃っていた。それは、切り傷や出血が絶えない100年前の技術だった。

 コア市場が堅調に伸びている間は、自社のグローバル製品が、何億人もの新興国の低所得層に受け入れられなかった事実を、ジレットはそれほど大きな問題だとみなしていなかった。しかし、圧倒的な市場シェアを持つジレットが成長を続けるためには、その状況を変える必要があった。

 そこでP&Gは最近になって、ジレットにおけるイノベーションのアプローチを完全に逆転させることにした。

真の顧客ニーズに向き合い、
ビジネスモデルを一から構築する

 第一に、チームをインドに派遣して、エスノグラフィック・リサーチ(民族誌学的調査)を実施し、顧客観察や小売店・家庭への訪問を行った。白紙の状態から評価してみることで、インド人男性のひげ剃りがアメリカ人といかに違うかについて、鋭いインサイト(洞察)が得られた。

 インド人は一般的に、はるかに価格に敏感だが、それだけではなく、全く異なるやり方でひげを剃っていたのだ。彼らは床に座り、少量の水を汲んできて、薄暗い中で手鏡を使いながらひげを剃っていた。二枚刃のカミソリを使うので、切り傷は日常茶飯事だった。

 第二に、P&Gはこれらのインサイトと、世界屈指のデザイン力を駆使して、インドの消費者の真のニーズを満たす新しいカミソリを一から開発した。その結果として生まれたのが、おそらくジレット史上、伝統的な製品開発から最もかけ離れているであろう「ジレット ガード」だった。

「ガード」は部品を80%減らし、プラスチック製カバーと一枚刃を用いて、「それなりに良い」性能を保ちつつ、コストを最小化させた。インドの消費者向けに特別に、切り傷を減らすための大きなコームや、流水を使わずに洗浄できるすすぎの簡単なカートリッジなど、主要な機能を設計した。

 第三に、P&Gはインド仕様の製品だけでなく、インド仕様のビジネスモデルを構築した。製造はすべてローカルで行い、製品と物流のコストを徹底的に管理した結果、15ルピー(約0.3ドル)のカミソリと、5ルピー(約0.1ドル)の替え刃が実現した。これは「フュージョン プログライド」の3%以下の価格である。

 この製品を流通させるために、欧米のように少数の強力な小売業者と強い関係を築くのではなく、何百万もの「キラナ」と呼ばれるインドの小売店ネットワークを強化しなくてはならなかった。

 最後に、デジタル・マーケティングにますます重点を置くようになった先進国市場とは対照的に、ムンバイの映画産業で活躍するボリウッド俳優を起用した伝統的な広告投資を行った。

 こうした取り組みの結果、インドにおけるジレット事業は大きく変わった。発売からわずか半年後の2010年10月、「ガード」の市場シェアは数量ベースで50%を越えた。

 P&Gが、カミソリ事業をグローバル戦略の第3段階にうまく移行させたのは明らかだった。アメリカ中心の「グローカリゼーション」から、インド中心のローカル・イノベーションにシフトしたのである。