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シュリンク業界で生き残れるか?~構造不況の迷宮で再起を図る人々 吉田典史

原発事故の放射能を怖れて「自宅仕事」を強行
美人派遣社員をシュリンクさせる独りよがりの代償

――転職を繰り返す派遣社員・寺井美幸さん(仮名)のケース

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第6回】 2012年10月9日
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 連載第6回は、長年派遣社員として働き、ようやく正社員になったものの、わずか1年ほどで辞めていかざるを得なくなった女性を紹介しよう。現在は、短期の派遣社員として、低収入で暮らす生活に戻った。辞めることになったきっかけは、東日本大震災に伴う福島原発の爆発事故だった。

 あなたは、生き残ることができるか?


今回のシュリンク業界――派遣社員

 派遣サービス市場は、1990年代からの規制緩和に伴い、拡大を続けてきた。特に2004年の規制緩和により、製造業への派遣が解禁された影響は大きい。2008年までの成長率は年率で30%近くとなり、派遣労働者数は200万人近くになった。

 だが、2008年秋のリーマン・ショック以降、環境が激変する。大手メーカーなどを中心とした雇い止め、中途解除などによる「派遣切り」が社会問題となった。日本M&Aセンターによると、現在の業界の売上高は5兆3468億円(前年度比-15%)、派遣労働者数は148万人(同-6%)。市場は2008年度の7割前後まで縮小している。

 こうした構造不況の中で、「働きたくても次の仕事が見つからない」と嘆く優秀な派遣社員が増えている。その一方で、派遣の仕事を正社員や結婚までの「腰かけ」程度に考え、仕事に対する責任感やノウハウをきちんと積み上げてこなかったため、自らキャリアや年収をシュリンクさせていく人も少なくない。今回紹介するのは、後者と思しきケースである。


「放射能が来たら怖いじゃないですか」
大震災後に2ヵ月間、出社しなかった女性

 「だって、怖いじゃないですか……? 原発が爆発して、放射能が東京に来ると……」

 寺井美幸さん(仮名・41歳)は、1年半ほど前のことをやや大きな声で話し始めた。

 昨年3月11日に発生した東日本大震災の直後、福島第1原発が爆発したとき、寺井さんは都内の教材会社(従業員数は約50人)に正社員として勤務していた。これまで短い期間での派遣社員を繰り返し、40歳目前で正社員に漕ぎ着けた。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


シュリンク業界で生き残れるか?~構造不況の迷宮で再起を図る人々 吉田典史

「働いても働いても、生活が楽にならない」。それは気のせいではない。日本の多くの業界は今、先が見えない「構造不況」の暗闇の中にいる。シュリンクする業界で働く人々にとって、業績アップ、収入増、労働環境の改善などを目指すことは難しい。しかし、そんななかでも、他人と違うアイディアを考案したり、誰も気づいていないビジネスを見出すことで、必死に生き延びようとする人はいる。この連載では、シュリンク業界で絶望し、起死回生を図るビジネスマンや個人事業主の生の姿を描くことを通じて、私たちがビジネスで心得るべきヒントや教訓を考えていく。

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