AIを前提とした「AIファースト」経営が問われる時代

自ら判断し行動する「自律型AI(AIエージェント)」が実現しようとしている。もはや、AIは単なる業務効率化ツールではない。経営の意思決定からイノベーション創出に至るまで、企業の競争優位を決定づける中核要素となりつつある。

ところが、多くの企業におけるAI活用は、部分的な効率化にとどまり、真価を引き出し切れていない。この壁を突破するには、経営層がAIを前提としたビジネスモデル・経営モデルへ刷新する「AIファースト」への変革をけん引する必要がある。

では、どうやって「AIファースト」経営を推進していけばいいのか。2026年6月18日に開催されたWEBセミナー「『AIファースト』経営に向けた変革の指針」では、AI変革の先進企業が複数登壇し、戦略と実践の両面から次世代の経営モデルを提示した。クレディセゾン取締役(兼)専務執行役員CDO(兼)CTOの小野和俊氏は、「クレディセゾンがトップダウン&ボトムアップで挑む、『AI前提』の企業変革」と題した講演を行った。

「聖域なき内製化」の実現で161万時間の業務削減に成功

「変革に取り組む際、私が一貫して守り続けているルールがあります。それは、絶対に過去を否定しないことです」

講演の冒頭、小野氏はこう述べた。変革に臨もうとすると、ありたい姿とのギャップがどうしても目に付く。「今の時代にこんなこともやっていないのか」「こんな古いやり方をしているなんて」などと過去を否定する言葉がつい出そうになるが、小野氏は「いろいろな事情があって現状があるわけですから、それまでのやり方に寄り添い、その良さや強さをくみ取った上で、新たな取り組みを加えるようにしています」と話す。

19年から推進され、多くの成果を上げたクレディセゾンのDX(CSDX)でも、このルールは厳格に適用された。

同社DXのフェーズ1では、ゼロから内製開発チームを立ち上げ、金融機関においてもテック企業と同様のアプローチが通用するかを確認。十分な手応えを得た上で、フェーズ2の「全社DX」に進んだ(図1参照)。

【図1】

「全社DXですから、従来の情報システム部門と内製開発チームを一体化させました。しかし、それぞれの文化は全く異なるので、いきなり完全に混ぜてしまうと、お互いに心穏やかではいられません。そこで、事業部は同じですが部門は別のままにして、2年間かけて徐々に統合させていきました」

結果、スマートフォン向けアプリといったフロントエンド系だけでなく、基幹系や勘定系システムを含めた「聖域なき内製化」を実現し、フェーズ3の「全社員によるDX」に移行。6年間の累計で業務削減時間は161万時間、紙の削減量は102トンに達した。そうした成果が評価され、経済産業省と東京証券取引所、情報処理推進機構(IPA)が選定するDX銘柄に23年から4年連続で選定されている。

「AI前提」の業務再設計で300万時間削減へ。トップダウン×ボトムアップで加速するクレディセゾンの変革クレディセゾン
取締役(兼)専務執行役員CDO(兼)CTO
小野 和俊
1999年サン・マイクロシステムズに入社。米国本社での開発などを経て2000年にアプレッソを起業、データ連携ミドルウェアDataSpiderを開発し、SOFTICより年間最優秀ソフトウェア賞を受賞。2013年に株式会社セゾンテクノロジーとアプレッソが資本業務提携。19年にクレディセゾンへ入社。取締役CTOなどを経て、23年3月より現職。

わずか1カ月でROI954%を達成したAI変革

このDX戦略の新たなフェーズとして、クレディセゾンが25年9月に始動させたのが、AI変革を進める「CSAX戦略(Credit Saison AI Transformation)」だ。小野氏は「生成AIの力を借りて、これまでのDXを大幅に超える変革を成し遂げたいと考えました。具体的には、『全社員AIワーカー化』の実現を目指しています」と語る。

クレディセゾンにおける「AIワーカー」とは、「AIを自然に使いこなし、日常の仕事をレベルアップする社員」のことを指す(図2参照)。しかし、当初は営業やオペレーター、バックオフィスの仕事がAIによってどう変わるか見通せなかったと小野氏は明かす。

【図2】

「クレディセゾンの社員数は約3700人ですが、プログラマーやエンジニアは内製開発チームの200人しかおらず、ほとんどが総合職。総合職の仕事が、AIを使うことで本当に変わるという確信は持てませんでした。そこで、社長以下の全役員、一部の部門長、そして社内公募に手を挙げた希望者を対象に、ChatGPT Enterpriseを試験的に導入したのです。当初想定を上回る応募があり、最終的に315人でプロジェクトを始動させました」

DXの取り組みと同様に、スモールスタートをした結果は、すぐに出た。約1カ月で、全ての指標において設定した目標をクリアしたのである。とりわけROI(投資利益率)は目標の500%に対して954%、1人当たり月間削減時間は目標の7.5時間に対して14.3時間と、大幅に超える成果を上げた。

「数字が出たことで、投資対効果を証明することができました。しかし、私が本当に重要だと感じたのは定性効果です。法務部門で参加した15人全員が『新しいタスクや活動を完了する能力が向上した』と答え、企画・マーケティング部門では参加した60人の95%が『仕事がよりクリエーティブにできるようになった』と回答しました。『今後もChatGPT Enterpriseを使いたいと思いますか?』という設問に対しては、プロジェクト参加者の70%、経営層・部長職の75%が『なくては困る』と回答しています。総合職や経営層の仕事においても、“AIワーカー化”が大きな成果を生むことが分かったのは、大きな収穫でした」

ビジネス文書からシフト作成まで業務の再設計を断行

この成果を受け、全社員にChatGPT Enterpriseを導入することを決定する。同時に、業務の再設計に着手した。「AIがある前提」、つまりAIファーストで業務全体を根本から見直し、AI起点の業務変革をスタートさせたのである。

具体的には、「企画書・提案書作成」「ビジネス要件書の作成」「カウンターシフト作成」を実施した。

「企画書・提案書作成」は、典型的な総合職の業務。新商品の企画やキャンペーンの提案をする際、必ず行うことだが、時間も手間も意外とかかる。クレディセゾンでも、競合他社の調査や社内データの収集、資料作成などで1案件に7〜10時間はかかっていた。それを「AI前提」で業務再設計をすると、競合他社や社内のデータはAIに読み込ませれば資料が自動生成されるため、業務時間の60%を削減できる。

「ビジネス要件書の作成」も同様だ。従来であれば、過去の対応資料の確認や関連部署へのヒアリングなどで1カ月程度を要していたが、資料のみならず関連法令やセキュリティー規定などを読み込ませておくことで、大幅に時間と工数を削減できた(図3参照)。「セキュリティーや個人情報保護など、アップデートしなければならない知識は山ほどあります。AIは、そうした日々の学習を後押しする最強のアシスタントにもなります」と小野氏は話す。

【図3】

「カウンターシフト作成」は、クレジットカードの入会手続きや登録内容の変更手続きなどを行うカードカウンターのスタッフのシフト作成を行う業務。「この日は休みたい」という希望休の日程は一人一人異なるため、公平に休みを割り振るのは簡単ではない。表計算ソフトに手入力していたこともあって、1ショップ当たり月間5時間を要していた。しかし、希望休をAIに読み込ませた上、「NGシフト」を作成した場合はアラートが出るように設定することで、業務時間を80%削減できたという。

「月間5時間というと小さなことに見えますが、全国のカウンター数の掛け算にするとかなり大きな数字になります。まさに“ちりも積もれば山となる”で、カウンター業務の変革につながっています」

ボトムアップの「現場の知恵」がAIに魂を吹き込む

注目は、「AIワーカー化」が進むことによって、“現場発”のボトムアップによる業務変革の動きが生まれてきたことだ。例えばコールセンターのオペレーターは、AIと実際に会話をして顧客対応のロールプレイができる「カスタムGPT」を作成。そのクオリティーが高かったため、フィールドセールスやインサイドセールスのロールプレイも次々に作られるようになっている。

「ロールプレイ自体は、ChatGPT Enterpriseにプロンプトを入力すれば作成できます。でも、私やエンジニアが同じものを作れるかといえば、業務知見がないからできません」

裏を返せば、現場で積み重ねてきた業務知見を、自然言語で入力すれば、質の高いアプリケーションが作成できるということだ。

「一方で、現場が抱える課題はロールプレイだけでは解決できないだろうとも思ったので、オペレーターに困りごとはないかヒアリングしました。そうしたら、お客さまが急いでいたり、焦っていたり、怒っていたりするときの対応に難しさを感じていることが分かりました」

特にクレーム対応の場合、顧客が感情的になってしまうケースもある。そうなると、ベテランでもすぐに言葉が出てこず、さらに顧客を怒らせてしまうことにつながりかねない。こうした問題を解決するために、AIによるFAQ自動提示や発話提案といったリアルタイム支援で有人対応を高度化させる「AIコールセンター」の構築も構想中だという。

「企画書・提案書など社内文書のドキュメント整備や、AIコールセンターの改革などは、全社視点での業務再設計が必要です。特にAIコールセンターはまとまった投資も必要なため、トップダウンでの経営判断が欠かせません。一方で、ロールプレイのAIパートナーを作成したり、業務の効率化・省力化を図ったりといった取り組みは、現場の知恵を生かしながらボトムアップで進めることが求められます。AIツール導入時の報告・評価プロセスやAI活用の評価・改善サイクルを回すことも含め、『トップダウンとボトムアップの掛け算』で変革による成長の加速を目指しています」(図4参照

【図4】

文書作成やシステム設計のルールも「AIフレンドリー」に

AI前提での企業変革を進める上では、「AIフレンドリーな情報・システム設計」を行うことも欠かせない。

「これまで、文書の仕様や各種規定は、人が読むことを前提に定められてきました。もちろん今後も人は読みますが、それに加えて『AIが読みやすい』ことを意識したAIフレンドリーな情報・システム設計を行うという方針を掲げています」

「AIが読みやすい」とは具体的にどういうことか。小野氏は「注釈」を例に挙げる。

「生成AIは、注釈の対応関係は読み取るものの、注釈内に説明対象となる単語が含まれていなければ正しく解釈できないことがあります。人が読むことを前提とした文書では、スペースの関係もあって割愛することもありますが、たとえ冗長になっても対象の単語を明記することで、AIの解釈精度や検索性を向上させることができます」(図5参照

【図5】

こうした取り組みの先に見据えるのは、全ての職種・階層でAIを日常的に活用する環境の構築だ。すでにChatGPT EnterpriseのMAU(月間アクティブユーザー率)は89%に到達しており、大多数の社員が日常業務でAIを活用していることを裏付けている。クレディセゾンはこの数字に満足せず、「全社員AIワーカー化」を目指して、さまざまな施策でさらなる工夫を凝らしている。

例えば26年1月には、「新春!AIマンガ描き初めコンテスト」を開催。「楽しさ」のアプローチで心理的ハードルを下げた。毎日15分かかっていた店舗の終礼議事録の作成をAIで1〜2分に短縮するなど、現場起点の身近な成功体験も積み重ねた。また、人事部が率先垂範してAI活用事例を登録するなど、さまざまな部署での好事例が自律的に横展開されている。

「CSAX戦略の目標は、27年度末までに累計300万時間の業務削減です。この目標を達成するために、AIを前提とした業務の再設計とAI起点の業務変革をさらに加速させていきます」

今後については、ChatGPT Enterpriseをベースとしつつ、効果が見込めるツールを積極的に導入して「マルチAI」を推進していくと述べて講演を締めくくった小野氏。過去を否定せず、新たな取り組みを果敢に取り入れるクレディセゾンのAI変革は、伝統的な組織がテクノロジーと共生し、次なるフロンティアを切り開くための最適解を示しているといえそうだ。