AIへの期待は高いが、「勝ち筋」が描けない現状

日本IBM 執行役員の鈴村敏央氏が講演の冒頭で紹介したのは、IBMが毎年グローバルで実施しているCEO調査の最新(2026年)の結果だ(図1参照)。「今、企業において最も大事なこと」を聞いた『CEOの最重要関心事項』の項目には、世界の企業のCEOに“マインドシフト”が起こっていることが表れているという。

【図1】

「2025年までの調査結果からは、『未来を予測しよう』というマインドを見て取ることができました。しかし、最新の26年の結果は、リーダーたちが未来予測をやめて、『未来の主導権をどう獲得するか』に焦点を移していることを示しています」

具体的には、25年には関心事項の2位だった「生産性・収益性」が、26年には1位となった。25年は7位だった「AIとモダナイゼーション」は2位に、次いで25年は6位だった「顧客体験」が3位に入った。

「『生産性・収益性』にリーダーが関心を寄せているのは、AI活用が試験導入にとどまっている現状に彼らが満足せず、具体的な成果を求めていることを意味しています。しかし、本当の成果は、効率化だけでは生まれません。新たな製品や優れた品質で提供されるサービス、そして顧客を着実に確保し、エンゲージメントを高める取り組みなどによってこそ、成果は生まれます。イノベーション創出の土台となる『AIとモダナイゼーション』や『顧客体験』が上位に入ったのは、そうした意識をリーダーが強めているからだと思います」

7000億円の生産性向上を実現したIBMの「AIファースト」変革。成長のフライホイールを回す三つの成功要因とは日本IBM
コンサルティング事業本部 ストラテジー&トランスフォーメーション担当
執行役員
鈴村 敏央
IBMによるコンサルティング・ファーム買収を経てIBMへ。サプライチェーン・マネジメントのコンサルタントとして活動した後、IoT、Data&AIやサステナビリティー担当を経て2025年からは幅広い業界のCxOと取り組むべきデジタル変革の企画・構想をリードするストラテジー&トランスフォーメーションを率いている。

鍵を握るのは、やはりAIの活用だ。IBMの推計では、今後5年間で10億のアプリケーション、20億のAIエージェントが新たに生まれる。コードの50%はAIによって生成され、人の処理とAI処理の比率は「1:120」になるという。「AIへのアクセスの民主化はますます進み、より多くの従業員が自身の業務を支援するAIエージェントを構築するようになるでしょう。AIはもはや業務効率化ツールではなく、ビジネスモデルそのものといえます。局所的なAI活用にとどまっている状態から、組織の中核的なプロセスまでAIを組み込む『AIファースト』の世界が、今まさに実現しようとしているのです」と鈴村氏は話す。

一方で、「AIファースト」経営を実践している企業と、実践できていない企業のギャップが生まれ始めている。「AIは2030年までに自社の収益に大きく貢献する」と79%の経営層が考えているが、収益源を明確に描けているのは24%にとどまっているのだ(図2参照)。

【図2】

7000億円の生産性向上を実現したIBMの「AIファースト」変革。成長のフライホイールを回す三つの成功要因とは※桜マークは日本の数字を示す。グローバルよりもギャップが大きく、競争優位を築くチャンスとも見て取れる。
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「AIに対する期待は非常に高いが、具体的な勝ち筋が見えていない状態ということです。これは、AI活用に慎重だからではなく、従来の業務効率化の延長線上では収益化できないと感じているからだと思います。まだ各社が模索をしていて、『AIファースト』経営に向けた変革の勝者と敗者が、これから分かれてくるタイミングだとも言えます」

フライホイール効果を実現したIBMの「AIファースト」変革

IBMは、いち早く「AIファースト」経営に向けた変革を実践してきた。自社を「ゼロ番目の顧客」と位置付ける「クライアント・ゼロ」の取り組みだ。結果として、25年時点で約45億ドル、日本円で約7000億円(1ドル155円換算)の生産性向上を達成している(図3参照)。

【図3】

「ファイナンス、サプライチェーン、IT、顧客対応、調達、人事、オフィス・設備など企業活動全般の150以上の業務において、AIによる業務自動化を行い、1000万時間超の効率化を実現しました」

ポイントは、生産性向上による成果を単に利益として積み上げるのではなく、成長機会に投資するサイクルを構築したことだ。成長への投資がビジネスモデルの変革につながり、さらなる成長を呼び込む“フライホイール効果”を生み、持続的なビジネス成長を実現させている。その成果は生産性の向上にとどまらない。顧客ロイヤルティーを示すNPS(Net Promoter Score)が25ポイント、従業員エンゲージメントが20ポイント向上するなど、顧客・従業員双方の価値向上にもつながっている。

「直近では、AI分野のさらなる成長のために、約110億ドル(約1.7兆円)でリアルタイムのデータ基盤企業であるConfluent社を買収しましたが、その原資もAIファースト変革が生み出したものです」

それでは、AIによる業務自動化において具体的にどのような取り組みをしているのか。鈴村氏は、人事領域とIT領域の事例を紹介した。

「人事領域には『AskHR』という対話型AIを導入し、グローバルで年間1150万件のやりとりを担っています。それによって94%の問い合わせが解消し、人事運営予算を40%削減することに成功しました」(図4参照

【図4】

注目すべきは、このAskHRの利用率がマネージャーで100%、エグゼクティブで99%となっている点だ。人事部門が対応しなくても、ほぼ全ての従業員が各種人事業務を行えることを意味している。一般的な日本企業の5分の1以下の人数規模で人事チームの運営ができるようになったという。

そしてIT領域も、対話型AI「AskIT」の導入で大幅な生産性向上を達成した。実際、IT全般に関する問い合わせのうち約75%をAIで解決しているという。

「例えばパソコンが故障して交換が必要になったとき、一般的な企業では上長をはじめ、さまざまな部門に申請書を回して承認を得るので時間がかかります。しかしIBMでは、『AskIT』が必要事項を聞き取ると同時に資産管理台帳システムや購買発注システムと連携するので、その場で申請・承認・各システムへの登録・発注といったステップが進みます」

ある企業ではパソコンの交換が完了するまで14日間かかっているが、IBMのような処理になると、AI活用によってリードタイムが70%短縮され、4日間となる。作業工数は、全体で72%削減される。(図5参照)。

【図5】

「このように、IBMでは業務領域ごとに『AskXX』を導入して生産性向上に取り組んできました。現在は、それらを束ねたAIエージェント『AskIBM』を展開し、どんなことでもすぐに相談して解決できる従業員体験を構築中です」

AIファースト企業への変革を成功させる三つの要因

約7000億円の生産性向上効果を生んだIBMのように、AIファーストのプロセスを随所に組み込んだ企業となるためには、どうすればいいのか。鈴村氏は、大きく三つの成功要因があると述べる。

一つ目は、「迅速な意思決定を支える推進体制」。IBMでは、「変革ステアリングコミッティー」「変革プロジェクトオフィス」「生産性ディスカバリーチーム」「生産性向上の触媒となる人材」の4階層から成る変革推進の体制を築いている(図6参照)。

【図6】

「CEOやCxO、主要事業部門リーダー、プロジェクト責任者らがメンバーとなっている『変革ステアリングコミッティー』は、週次の頻度で進捗を確認し、課題に対して指示を出しています。あるAIのユースケースでは、導入まで1年かかるとプロジェクトチームが見積もりましたが、『変革ステアリングコミッティー』が半分以下にすると決めました。期間短縮によって検証が不十分になり、精度が下がるリスクを認識しつつ、スピードを優先する意思決定をしたのです」

その結果、大胆なAIの導入とアジャイルな実践が可能となった。スピードを優先できたのは、二つ目の成功要因である「AIファーストのプロセス実現に向けたリスクテイク」を徹底したからでもある(図7参照)。複雑なオペレーションを排除し、End to Endでワークフローをシンプル化させ、手作業を自動化。そうやって出来上がったプロセスをグローバルに展開していった。

【図7】

「大きくプロセスを変えると、リスクは当然出ます。しかし、変革にリスクは付き物ですから、変革によって得られる成果とてんびんに掛け、生産性向上・コスト削減を優先できないか突き詰めて考えています」

加えて、やみくもに全てのワークフローをAI化するのではなく、どのような業務を優先して変革していくかにも、IBMならではのノウハウがある。同社では最初に200の候補ワークフローを洗い出し、「データの可用性」「高頻度かつ定型処理が多い業務」「コスト/時間単価が明確な業務」「エスカレーション構造の明確さ」などのフィルターを適用して70程度に絞り込んだ。効率化・省力化を推進するため、アプリケーション内で直接正誤評価やフィードバックを行えるようにしたのもポイントだという。

三つ目は「意識改革とリスキル」。IBMでは、変革で直接影響を受ける社員には、必要なスキルを習得するための特別プログラムを提供している(図8参照)。

【図8】

「さらに日本では、IBM社員として身に付けるべきスキルを五つのカテゴリーで整理した、研修連動型のフレームワークも補完的に展開しています。上長と対話しながら自分が習得すべきスキルを設定し、IBM全社共通のラーニングインフラを活用してスキルアップやリスキリングを行うのです」

さらに、全世界のIBM社員が参加するチーム対抗戦のハッカソンやワークショップ、成功事例の情報共有を積極的に実施。バックオフィス業務をしていた社員が、これらの施策によって新しいスキルを身に付け、営業やコンサルティング部門に異動したケースもあるという。

変革を「待つ」のか、「設計」するのか。今、日本企業が立つ岐路

講演の終盤、鈴村氏は「AIファースト企業」になるための変革の進め方について言及した。

「AI活用によって経営効果を出すには、包括的な施策の実行が肝要です。そのためには、最初にしっかりとした戦略と実行計画を策定しなくてはなりません。IBMでは、『クライアント・ゼロ』で得た経験・知見を基に、AIファースト企業になるためのキーとなる九つのポイントを、推進計画のひな形として設計しました」

それが以下の図9だ。「事前検討・準備」「変革ビジョン/戦略の策定」「実行・経営効果発現」の三つのブロックに大きく分けられ、九つのポイントが整理されている。

【図9】

「AIファースト企業とそうではない企業の差はまだ小さいです。しかし、今後数年でその差は大きく広がっていくでしょう。変革は自然に起こるものではなく、設計・実行のサイクルを回しながら定着させていくものです。変革を待つのか、自ら設計して実行するのか。現在はその岐路にあります。IBMは、End to Endのメニューをニーズに合わせて提供し、AIファースト企業に向けた変革の設計・実行をご支援していきます」と述べ、鈴村氏は講演を締めくくった。

●問い合わせ先
日本アイ・ビー・エム株式会社
https://www.ibm.com/jp-ja