DXを“できたつもり”で終わらせない

新しいツールを導入し、業務を効率化した。紙で行っていた作業をデジタルに置き換えた。そうした取り組みは、もちろん無駄ではない。現場の負担を減らし、業務の速度や正確性を高める意味は大きい。しかし、それだけでDXが進んでいると考えるのは危うい。DXの本質は、単なる業務改善ではなく、デジタルを活用してビジネスや組織の在り方そのものを変えていくことにある。ツール導入で終わってしまえば、会社の未来を変える力にはなりにくい。効率化で浮いた時間や人の力を、次にどこへ振り向けるのか。新しい価値にどうつなげるのか。そこまで考えて初めて、本当の意味でのDXとなる。

「現場丸投げDX」や「やりっぱなしDX」に陥らないために

三谷 IPAでは、2026年2月にDX推進指標を改訂しました。今回の改訂で重視したのは、企業が自社のDXの状態をより的確に可視化できるようにしたことです。経営者は進んでいると思っていても、現場はそう感じていないかもしれない。見えにくい状態を可視化し、経営者と現場が共通言語で話せるようにした。そこに大きな意味があります。ツールを入れただけ、システムを刷新して終わり、IT部門や現場に任せて終了……。そうした取り組みは、一見DXのようではありますが、会社の変革にはつながらないことがあります。DXを進めているつもりでも、目的や成果の検証が曖昧なままでは、「フェイクDX」に陥りかねません。

いわゆるフェイクDXには、大きく二つのパターンがあります。一つは「現場丸投げDX」です。IT部門や現場だけに任せてしまうと、目の前の業務を少し効率化する程度にとどまりがちです。もう一つは「やりっぱなしDX」です。システムを入れた、プロジェクトが完了した。その時点で歩みを止めてしまうケースです。

【特別対談】そのDXは、本当に変革につながっているか?「フェイクDX」で終わらせないDX推進指標の使い方情報処理推進機構 理事 三谷慶一郎
■プロフィール
「デジタルガバナンス・コード3.0」の策定に関わり、DX銘柄の審査を長年務める。企業DX推進の実務に精通し、現職ではデジタル政策推進による日本企業の国際競争力向上に取り組む。

宮村 現場丸投げDXは、現場が頑張るほど部分最適に陥りやすくなります。全社変革とのつながりが見えなければ、成果は広がりません。やりっぱなしDXも同じです。導入後に何を検証し、次にどう改善するのかが決まっていなければ、活動はそこで止まってしまいます。

三谷 DXは、環境変化に合わせて続けていく活動です。企業価値を維持し、高めていくためには、状況を見ながら目的に向かって補正し続けなければなりません。

DXを前に進めるには“現在地”を知ることが重要

三谷 今回、DX推進指標とDX認定との関係も整理しました。DX認定は、企業がデジタルによって自社のビジネスを変革するためのビジョンや戦略、体制を整えていることを、国が認定する制度です。企業が、DX推進指標に取り組むことで、DX認定の取得に向けて何を整えるべきかが見えやすくなります。

宮村 DX推進指標は、企業にとっての健康診断のように使えるものですね。自社が今どこにいるのか、次に何を変えるべきかを確認できます。今回の改訂では、企業のデジタル活用に関する国の考え方を示した「デジタルガバナンス・コード3.0(DGC3.0)」(※2)との関係も整理され、より経営に直結した形になりました。AI活用への期待が高まる今だからこそ、その前提となるデータ整備、人材育成、サイバーセキュリティーといった足腰を改めて点検できる意義は大きいと思います。

【特別対談】そのDXは、本当に変革につながっているか?「フェイクDX」で終わらせないDX推進指標の使い方PwC Japan有限責任監査法人 上席執行役員 宮村和谷
■プロフィール
DX推進指標の策定に携わり、中堅・中小企業から大手企業まで幅広いDX支援を行っている。経営戦略とデジタル活用を結び付け、企業価値向上に向けた変革を支援する。

三谷 データ整備などの課題は、大企業だけの話ではありません。むしろ今は、中小企業にとっても避けて通れないテーマです。特にサイバーセキュリティーでは、攻撃側は必ず一番弱いところを狙います。中小企業だからまだ大丈夫、という時代ではないのです。

宮村 DX推進指標では、取り組みの状態を幾つかの段階に分けて整理します。この段階的な考え方が「成熟度モデル」です。いきなり高い水準を目指すのではなく、自社の体力や状況に合った目標を定め、一段ずつ前に進むための共通言語として使えると思います。

※2 デジタルガバナンス・コード3.0:経済産業省が策定した、企業がDXを推進する上で取り組むべき事項をまとめた指針。DX推進指標はこの指針と連動しており、DX認定やDX銘柄選定とも関係する。

経営者が示すべき「会社の向かう先」

三谷 DXを正しく進め続けるには、個別の施策を積み上げるだけでは足りません。ツール導入、業務効率化、データ活用、人材育成。どの取り組みも重要ですが、それらが自社の将来像と結び付いていなければ、活動はばらばらになってしまいます。だからこそ経営者には、会社がどこへ向かうのか、何を価値として生み出すのかを示す役割があります。これは現場を動かすための掛け声ではありません。DXを一過性の取り組みにせず、環境変化に合わせて進め続けるための判断基準です。

宮村 何を大事にし、どこに向かうのかを示さなければ、取り組みの優先順位も定まりません。単なる効率化ではなく、自社が目指す価値にどうつなげるのか。その方向性があって初めて、一つ一つのDX施策が会社全体の変革につながります。

三谷 DXには組織変革や業務変革が伴います。変化には痛みもありますし、人は今やっている行動を基本的には変えたくないものです。だからこそ、なぜ変わらなければならないのか、このまま行くとどうなるのか、どこへ向かうべきなのかを、経営者自身が語り続ける必要があります。
 
単に「売り上げを増やす」「コストを削減する」というだけでは、会社の向かう先を示したことにはなりません。自社はどのような価値を提供し、どのような存在になりたいのか。いわば、自社の変革の道しるべとなる「北極星」を示すことです。DX推進指標で経営ビジョンが問われるのは、そこが何より重要だからです。

宮村 向かう方向を経営者が語ることで、経営層と現場が同じ基準で議論できるようになります。取引先や顧客から見ても、この会社と長く付き合いたいと思えるかどうかは、経営者が何を大切にしているかが伝わるかどうかに懸かっています。

三谷 DX認定は、投資家や取引先に対する信頼の証しとなるだけでなく、人材にも効いてくると思います。変化に前向きに取り組む企業で働きたいと考える人は増えています。自社がどこへ向かい、何を変えようとしているのかを示すことは、優秀な人材を引き付ける上でも重要です。

宮村 外に向けてDXの推進を示すことは、社内への強いメッセージにもなります。「経営者は本気だ」と社員が受け止めれば、取り組みの意味も共有されやすくなります。

三谷 DX認定を取得した企業同士のコミュニティーも、これから重要になるでしょう。同じような苦労を乗り越えた企業から具体的な話を聞き、相互に研さんし合う。個社が単独で頑張るだけでなく、業界全体、社会全体でDXを深めていく局面に入っていきます。

宮村 同じ指標で自社の状態を整理しているからこそ、経営者同士も「自社は今どの段階にいて、何が課題か」を率直に話しやすくなります。個社の取り組みを閉じたものにせず、他社の経験から学び合うきっかけにもなると思います。

【特別対談】そのDXは、本当に変革につながっているか?「フェイクDX」で終わらせないDX推進指標の使い方DXを会社の変革につなげるには、経営者が自社の向かう先を示し、現在地を見える化することが欠かせない

自己診断の蓄積が、業種や規模ごとの課題を明確にする

宮村 DX推進指標で現在地を可視化することは、一社ごとの課題を明らかにするだけではありません。多くの企業が自己診断に取り組むことで、業種ごとの課題や、企業規模によるつまずきポイントもより明確になります。そうした傾向が整理されれば、企業は自社だけで悩むのではなく、同じような課題を持つ企業の状況も踏まえながら、次に何を優先すべきかを考えることができるようになります。

三谷 企業の皆さんにとっては、自社の課題を把握し、次の行動につなげることが第一です。その上で、DX推進指標から得られるデータは、IPAが今後の支援策の解像度を高めていく上でも重要な手掛かりになります。一社ごとの結果が積み重なることで、企業にどのような支援が求められているのかが見えやすくなる。そうした実態を踏まえ、よりきめ細かな支援につなげていくことを、IPAとして責任を持って取り組むべきだと考えています。

宮村 支援する側が企業の実態をより正確に把握できれば、政策や支援策も、より現場に合ったものになります。企業が現在地を測り、課題を見える化し、その傾向が支援側にも共有されていく。その循環が、企業の変革と政策を前に進めます。

診断結果を共有し、組織として次の行動を決める

三谷 DX推進指標の価値は、診断結果を出すことだけにあるのではありません。重要なのは、その結果を経営者と現場が共有し、次に何を変えるのかを話し合うことです。現在地を測るからこそ、優先すべき課題が見える。課題が見えるからこそ、次の行動につながります。担当者だけでDX推進指標を埋めて終わらせるのではなく、経営者と現場が同じ結果を見ながら話すことで、初めて組織として次の一歩が定まってきます。

宮村 現状認識を一人で抱えるのではなく、組織として共有できる形で見える化することに大きな意味があります。複数人で自社の立ち位置を確認し、次に向かう方向を合わせていく。そのためのツールとして、DX推進指標を使っていただくことが大事です。

三谷 フェイクDXのままでも、当面は何も困らないように見えます。しかし、環境変化は待ってくれません。気付いたときには、競争力を失っているリスクもあります。だからこそ、現在地を定期的に確認し、目的に向かって取り組みを補正し続けることが大切なのです。

宮村 DX推進指標は、できているかどうかを判定するためだけのものではありません。結果を基に経営者と現場が対話し、次の行動につなげる。その使い方が重要だと思います。

三谷 大切なのは、測った結果を見て終わりにしないことです。自社が向かう先を見て、次に何を変えるのかを決め、動きだす。DX推進指標を、そのための実践的なツールとして、ぜひ活用してほしいと思います。

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独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)
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