「IAEAの評価チームは、ALPS処理水の処分の実施は、数十年にわたる独特で複雑な事例であり、継続的な注意と安全性に対する再評価、規制監督、強力なコミュニケーションによって支持され、またすべての利害関係者との適切な関与が必要であると考えている」(同レポート6ページ)

 つまりIAEAは、ALPS技術が理論上は基準をクリアしていたとしても、実践となれば「独特で複雑な事例」なので、しっかりとこれを監督し、“すべての利害関係者”との調整が必要だとしている。IAEAは原子力技術の平和的利用の促進を目的とする機関であり、「原発推進の立場で、日本とも仲がいい」(環境問題に詳しい専門家)という側面を持つものの、今回の海洋放出を「複雑なケース」として捉えているのだ。

 同教授は「果たして日本は、中国を含む周辺国と強力なコミュニケーションができるのだろうか」と不安を抱く。

 他方、日本の政府関係者は取材に対し、「あくまで個人的な考え」としながら、「中国のネット世論は以前から過激な部分もあるが、処理水の海洋放出について疑義が持たれるのは自然なこと」と一定の理解を示した。

放射性物質の総量は依然不明のまま

 今回の処理水放出の発表をめぐっては、日本政府の説明もメディアの報道も、トリチウムの安全性に焦点を当てたものが多かった。東京電力はトリチウムについて「主に水として存在し、自然界や水道水のほか、私たちの体内にも存在する」という説明を行っている。

 原子力問題に取り組む認定NPO・原子力資料情報室の共同代表の伴英幸氏は、取材に対し「トリチウムの健康への影響がないとも、海洋放出が安全ともいえない」とコメントしている。その理由として、海洋放出した場合に環境中で生物体の中でトリチウムの蓄積が起き、さらに食物連鎖によって濃縮が起きる可能性があること、仮にトリチウムがDNAに取り込まれ、DNAが損傷した場合、将来的にがん細胞に進展する恐れがあること、潮の流れが複雑なため放出しても均一に拡散するとは限らないこと、などを挙げている(*2)。

*2 原子力資料情報室のホームページではトリチウム水問題を数多く取り上げている https://cnic.jp/8203