「共同して登記」の原則が
相続トラブルとなってしまうことも

 実は、配偶者居住権の手続きはいくつかステップを踏まなければならない。配偶者居住権には長期の「配偶者居住権」と「配偶者短期居住権」があるが、長期には「登記」が必須となる。

◆ステップ1:
 遺言書による「遺贈」または「死因贈与契約書」に従うか、それらがない場合は法定相続人全員による「遺産分割協議」で配偶者が「配偶者居住権」を取得する。
◆ステップ2:
 対象の建物や敷地の「所有権(負担付き所有権)」を取得した相続人が、法務局で「相続登記」する。
◆ステップ3:
「配偶者居住権」を取得した配偶者が、法務局で「設定登記」する。
●必要書類:登記原因証明情報(遺言書、死因贈与契約書、遺産分割協議書など)、2で相続登記の際に通知された登記識別情報、2の相続人の印鑑証明書(3カ月以内のもの)、固定資産評価証明書、登記申請書、両者の戸籍謄本・住民票など

 もちろん、1~3の前後には、通常の相続手続きと同様、被相続人の資産や法定相続人の把握、相続税申告・納税などの手続きを要する。

 ステップ2・3でわかる通り、相続人が「相続登記」しないと、配偶者は配偶者居住権を「設定登記」できない。万が一、自宅が売却され、第三者が所有権を訴えてきたら、配偶者は「住む権利」を主張し対抗できないのだ。相続人と配偶者が共同で「登記」することが必須条件なのである。

 では、なぜ、前妻の息子は、急に登記を拒否してきたのか。

 不動産を所有すれば、固定資産税が課される。息子にすれば、「住んでもいない家の税金を負担するなんて」との思いがあったろう。これは、いったん息子が固定資産税を納め、後妻に「必要経費」として請求する対処法も可能だ。民法第1034条第1項には「配偶者は、居住建物の通常の必要費を負担する」と定めてある。

 しかし、関係の良好な親子ならともかく、今まで面識もない「なさぬ仲」の間柄で、現実的に実行できるかどうかは、また別問題だ。

 さらに、配偶者居住権付きの物件は、買い手が付きにくく売却しにくい。所有権を持っていても、現金に換えにくい資産なのだ。配偶者居住権の消滅後に売却したとしても、家屋は老朽化し、資産価値は下がる可能性が高い。息子としては、今すぐ現金化したほうが得策と考えたかもしれない。

「争族」回避のために配偶者居住権を選択し、遺言書も作成したAさんだったが、かえってもめ事となってしまった。Aさんは、そこにもうひとつ策を施すべきだったのだ。

 それは、「遺言執行者」を定めること。「遺言執行者」は、相続人や配偶者に代わって「相続登記」「設定登記」ができるからだ。「遺言執行者」は、税理士、弁護士、司法書士などの専門家に依頼することが多い。

 また、別の方策として、生前、Aさんと後妻で配偶者居住権の「死因贈与契約」を交わし、「配偶者居住権の仮登記」を申請しておくという手もあった。あくまで仮登記だが、Aさんの死後、妻は仮登記を本登記とする手続きを行うことで、配偶者居住権を主張できる。

 しかし、上記はいずれも被相続人が自ら生前に行っていなければいけない。結局、後妻は裁判所に所有者の非協力を申し立てることになった。裁判手続きを経れば、判決に従って、後妻は単独で登記申請を行うことができるようになるだろう。ただし、裁判には時間も費用も要する。