徴用工問題にそっくり、将来の「新たな歴史問題」になる

 筆者は、安倍政権が「外国人材の活用」を掲げて、入管法改正案を閣議決定した時から、外国人労働者受け入れ拡大に強く反対してきた。理由としては、日本人労働者の賃金を上げないで、外国人労働者を増やすと、低賃金が固定化してしまうということ。そしてもうひとつ大きいのが、次の世代に「新たな歴史問題」を押し付けてしまう恐れがあるからだ。

 具体的に言うと今、一部の企業がやっているベトナム人や中国人の労働者へのパワハラや暴行などが、「日本の人権侵害」として解釈され、高齢化した「元技能実習生」から謝罪や賠償を求められるのだ。

 2018年11月、本連載の『外国人労働者の「輸入」が日本社会に100年の禍根を残す理由』の中でこのように指摘をさせていただいた。

<今回の「外国人労働者の受け入れ拡大」も「朝鮮人労働者」問題のリバイバルで、これから100年続く民族間の遺恨につながる可能性が極めて高いのだ>

 実は100年前の日本でも、低賃金重労働で危険な仕事である炭鉱業などでは、若者から敬遠されて人手不足に陥るという「雇用のミスマッチ」に悩まされていた。そこで、政府はあくまで「試験的」という名目で、三菱、三井などの炭鉱に朝鮮人労働者の受け入れをスタートした。

 もちろん、今の日本と同様で、「安易な外国人労働者の受け入れ」に反対する声も多くあった。

 実際、読売新聞(1917年9月14日)などマスコミも「資本家の懐中を肥やすに過ぎざるなり」、「鮮人労働者を内地に輸入するは我内地の生活を朝鮮の生活と同一の水準に低下せしむるとなしとせず」とかなり否定的だった。

 しかし、企業の成長のためには労働者の賃金をギリギリまで低くするというのが、日本の経営者の基本哲学なので、「国益のため」の大合唱で否定的な声もかき消され、「朝鮮人労働者」の受け入れは本格的にスタートする。低賃金重労働を成長のエンジンにしていた企業はウハウハで、国も潤った。

 では、そこから100年を経てどうなったかというと、日本は「朝鮮人労働者」を強制的に連行して働かせたという汚名を着せられている。ご存じ、徴用工問題だ。