見る者全てが心を打たれた
高梨の2本目のジャンプ

 高梨は、10代の頃「無敵の女王」として登場した。世界でも圧倒的に強い。ほとんど負けない。若くして有名人になった。それだけ見れば、卓球の福原愛選手のように「お茶の間のアイドル」になってもおかしくない存在だったが、高梨は「愛されキャラ」にはならなかった。

 オリンピックで金メダルに恵まれず、「悲運の女王」とも言われた。冬の競技の女子選手の中ではフィギュア・スケートのスター選手たちと同じかそれ以上の知名度を誇り、誰もが知る存在だが、ざっくばらんに素顔をさらさない。あまり多くを語らないせいか、人間的な側面を感じさせない孤高のイメージが強かった。

 北京五輪前に、メークをめぐる論争が物議を醸した。これも、メークの是非が問われたと言うより、高梨と応援する側の心の距離へのいら立ち、見る側の屈折したねたみのような感情の表れと言えないだろうか。要するに、高梨と応援する一般の人々の間には、「金メダルを取る」「取ってほしい」という記号のような目標以外に、共有できるものがなかった、といえないだろうか。

 スーツ規定違反で失格になり、日本チームに大きく貢献したはずのポイントがゼロになった失意と申し訳なさのどん底で、高梨は2本目のジャンプを飛んだ。

 この健気な姿に、見る者は誰もが、理屈抜きに心を打たれただろう。そして、98.5メートルの見事な弧を張家口の空に描いた。着地した直後、うずくまり、両手で顔を覆って肩を震わせる高梨に、何も感じなかった日本人がいただろうか。この光景はヨーロッパのメディアも情緒的に報じたと伝えられている。日本人だけでなく、世界の人々の胸を揺さぶるジャンプだった。

 さらに、日本の最後のジャンパー・小林陵侑が106メートルの大ジャンプを飛び、この時点で2位に立った。メダルの可能性さえ抱かせたその瞬間、見つめていた高梨が左胸を抑え、倒れるようにうずくまった。その姿にまた、激しい衝撃を受けた。