ロシア軍の侵攻に対して
ウクライナの人たちが慌てない理由

 キエフにはもう一人、日本出身で現地メディアに勤務する日本人がいる。ウクライナの国営通信社ウクルインフォルムで日本語版編集者として働く平野高志さんだ。

 ウルクインフォルムは100年以上の歴史を持つ、ウクライナ最古の通信社だが、平野さんはキエフの日本大使館に約5年勤務したのち、ウルクインフォルムに転職というキャリアを持つ。

 平野さんはキエフ市民の多くがパニックに陥っていない理由として、ウクライナ国内外では「ロシア軍による軍事侵攻」に対する認識の差が存在するとして、現状について次のように語る。

「キエフでは普段通りに買い物をしたり、レストランやカフェで食事をしたりする人も多いです。一方で、万が一に備えて大切なものをリュックなどに詰めて、非常時にはすぐに逃げられる準備をしている家庭も少なくありません。いずれにせよ、慌ててパニックに陥っている人は少数です」

 平野さんは続ける。

「ウクライナの人からすると、2014年のロシア軍のクリミア・ドンバスへの侵攻は終わっておらず、ドンバスでの戦闘でウクライナ軍や市民にどれくらいの被害が出たのかを伝えるニュースは毎晩流れている状態なので、新たな軍事侵攻があるという受け止め方ではないんです。大きな侵攻はあるかもしれませんが、戦争そのものは8年間ずっと続いています。ロシアが何かを仕掛けてくるという感覚を8年近く持ち続けているため、(大規模な侵攻に対して)心の準備をしている人は多いと思います」

 平野さんは欧米や日本のメディアが使う「親ロシア派勢力」という言葉にも疑問を呈する。

「親ロシア派という言葉を聞くと、ロシア寄りの人たちが団体を作ったかのように聞こえます。実際、ロシアが武器やお金などあらゆるものを支援して作られたため、組織のトップはロシア政府との結びつきも強いですが、地元の人たちを代表するような役割は何もないんです。そういった事情があるにもかかわらず、ウクライナ東部に住む住民を代表するというスタンスや呼び名が、私には非常に気になるのです」

 地元メディアの報道などでも、キエフで市民がパニックになって買い占めなどを行ったという話は聞こえてこない。ショットガンやライフルを準備し、携帯電話が使えなくなった場合に備えて家族で使える無線を購入した家庭もあったが、筆者自身も大多数のキエフ市民がそういったことを行っているとは考えにくいと考える。