同時多発テロ事件から1週間もたたないうちに、テキサス州ではパキスタン系の飲食店主が、カリフォルニア州ではエジプト系の雑貨店主がそれぞれ、「お前ら、テロリストは国に帰れ!」と罵声を浴びせられた後、銃で射殺された。

 その後、全米各地のアラブ系・イスラム系の商店主たちは「われわれはテロリストではない。米国人だ」ということを示すために、店の外に星条旗を掲げ、「テロと戦うために団結する」というポスターを貼るようになった。

 ブラウン大学の調査によると、同時多発テロ事件の前年である2000年から2009年の間に、米国で報告されたヘイトクライムの総件数は18%減少したが、同じ期間内にイスラム教徒を狙ったヘイトクライムの件数は500%増加したという。

 同時多発テロ事件の直後は米国の法執行機関も「ヒステリー状態」となり、数カ月間で1000人を超えるアラブ系・イスラム系住民を「テロに関与した」という具体的な容疑や確かな証拠がないまま逮捕し、勾留した。このうち約1割は起訴されたが、ほとんどはテロと無関係の公文書偽造、詐欺、銃火器法違反などの罪状だったという。

 また、皮肉なことに、同時多発テロ事件後に高まった反イスラム感情はトランプ前大統領の政治家への転身を助けることになった。

 ニューヨークで不動産会社を経営していたトランプ氏は2016年の大統領選に立候補する数年前、当時のオバマ大統領がイスラム教徒ではないかと示唆する発言を繰り返した。

 それが事実でないことはオバマ氏本人によって証明されたが、トランプ氏はそれについて謝罪しなかった。それどころか、この発言で政治的に有名になったトランプ氏は大統領選に立候補し、反移民や反イスラム教徒などを掲げて保守派の支持を集め、当選したのである。

かつては日系人を
「敵性外国人」として排斥

 米国の「戦争ヒステリー」の過去をもっとさかのぼれば、第2次世界大戦中の旧日本軍による真珠湾攻撃の後、12万人以上の日系米国人が「敵性外国人」として住む家を追われ、強制収容所に収容されたという悲劇もあった。

 この時、日系人の大多数は米国市民だったにもかかわらず、米国政府への忠誠心を試すテスト(Loyalty test)を受けさせられ、次のように尋ねられたという。

「あなたはアメリカ合衆国に無条件で忠誠を誓い、国内外のいかなる軍隊の攻撃からも合衆国を守り、日本の天皇や外国の政府、権力、組織に従わないことを誓いますか?」と。

 彼らの多くはこの忠誠心テストに抗議することなく署名したが(それを米国市民に強制するのは憲法違反だったにもかかわらず)、なかには署名を拒否したことで、より厳しい待遇の収容所に送られた者もいたという。

 日系人の強制収容については後に米国政府も過ちを認め、1988年にレーガン大統領が日系人に謝罪し、賠償金を支払った。また、バイデン大統領も最近、「米国の歴史の中で恥ずべきことの一つであり、二度と繰り返してはならない」と改めて謝罪した。

 にもかかわらず、多くの国で今、「戦争ヒステリー」による過ちが繰り返されている。