あるいはEコマースは、業界全体が巣ごもり需要の追い風を受けました。しかし、平均以上の利益率を上げた企業と、追い風でもそれを捉えられなかった企業があります。これらのケースは、もともと持っていた戦略に違いがあったということです。

 オンライン会議ソフトのZoomはコロナ禍で相当な利益を出し、企業価値が2020年3月の約300億ドル(約3兆4000億円)から約1580億ドルへと、一時6倍近くまで成長しました。シスコ、マイクロソフト、グーグルといった他のオンライン会議デバイスもよく使われ、軒並み伸びました。ところが資本市場はよくできたもので、コロナ禍の影響が一巡すると、Zoomの株価はコロナ前の水準に戻っています。これは、業界レベルで起きた追い風だったことの証左でしょう。

 このように、業界への影響と個別企業が戦略の違いによって被る影響は別のものなので、区別して考えることが基本的な視点となります。企業経営は常に個別の問題であり、注目すべきは個別の能力差なのです。

コロナ禍で見えた
「ピンチがチャンス」

――コロナ禍には、DX推進、経営コストの削減、働き方改革への意識の高まりなど、企業に進化を促す側面もあったと思います。こうした経験は、今後の経営において追い風になるでしょうか。

 オペレーションをデジタル化すればコストが下がる、経営のスピードも上がる、売上もアップする可能性があります。それがコロナ禍で強制的に進められたということです。これらが一気に普及する機会となったのは、まさに怪我の功名。前述の「ピンチがチャンス」です。

 たとえば、Zoomはコロナ禍以前からありました。私の教えている大学院では、2014年からZoomで普通にオンライン講義をしていました。個別企業の問題ではなく、企業社会全体が導入に動いたため、普通なら導入を考えていなかった企業も導入するようになったということでしょう。

 DX推進は、コストが下がって利益が出やすくなります。よく「DX投資が大変だ」と言われますが、工場建設よりもはるかに安上がりのはず。また、デジタルデバイドが取り沙汰されたりしますが、一般の人が使う今日のデジタルツールのほとんどは、難しいプログラム入力をするわけではなく、人差し指を使う程度の操作で済みます。デジタルツールは普通に使えるものであり、かつコストは低いのです。

 今の時代に経営者がなすべきことは、余計な枝葉末節にかかずらうのではなく、ストレートに長期利益を追求することです。経営の仕事は長期利益の獲得です。コロナ禍であろうとなかろうと、これは変わらない論理です。大事なのは、DXはそのための手段であり、DX推進が目的ではないということです。

>>「楠木 建・一橋大学大学院 経営管理研究科教授に聞く(後編)」を読む。