春闘を前に、連合はデフレ脱却のためにも賃上げは必要と主張している。一方、経団連は雇用優先を理由に賃上げに否定的だ。円安で株高が起きているが、企業業績の実際の回復はこれからである。また多くの輸出企業はこれまで円高で苦しんできた。「これからインフレが始まるかもしれないので、先行して賃金を引き上げましょう」と言ってくれる“耆徳(きとく)”な経営者は現実にはいないだろう。

 円安は既にガソリン価格の上昇を招いている。食料価格も今後は上がっていく可能性がある。過去15年間の食料価格を見ると、英国は+56%、米国は+47%、ユーロ圏(17カ国)は+36%と大幅に上昇してきた。一方、日本の食料価格は同期間にほぼ横ばいの▲1%である。

 世界的に穀物、食肉の価格が上がってきたのに、日本では横ばいを維持できた大きな理由の一つは、円高だろう。今後も円安が続く場合は、食料価格の上昇が顕在化する。しかし、賃金が上昇しなければ、中低所得層の家庭の暮らしは厳しくなってしまう。賃金上昇は景気に遅行するので、株をあまり持っていない家庭の場合、「アベノミクス」の効果は、最初は「痛み」になる恐れがある。

 好景気が続けば、いずれは実質賃金が上向いていくはずだが、それはいつになるだろうか? 1932(昭和7)年開始の高橋是清蔵相による大規模なリフレ政策のときはどうだったのか見てみよう。

 『長期経済統計・推計と分析8』(大川一司・篠原三代平・梅村又次)によると、製造業労働者の実質賃金指数は、31年106.6、32年102.2、33年101.5、34年101.7、35年100.8、36年99.0、37年97.4、38年93.2で、実質賃金はリフレ政策開始前が最も高く、開始後は減り続けた。インフレに名目賃金の上昇が追い付いていかなかったのだ。