
消費者物価指数(CPI)の上昇率が日銀の目標である2%を大きく上回る中、日銀は2024年3月以降利上げを進めてきた。だが、そのペースは極めて緩やかで、慎重すぎるとの批判も根強い。背景にあるのが、「基調インフレ」の低さだ。日銀はCPIではなく基調インフレを政策運営の指針としているが、果たしてその姿勢は妥当なのか。基調インフレの基本から、CPIより低く出る理由、注意すべきポイントや政策運営上の課題など、基調インフレを巡る論点について、本稿では実際のデータを用いて考察する。(ナウキャスト創業者・取締役、東京大学名誉教授 渡辺 努)
基調インフレとは何か
基調インフレとは何か。まずは、基本から解説しよう。
総務省の公表するCPIには、さまざまなノイズが含まれている。例えば、猛暑によりレタスの収穫が減り値段が上がると、それを反映してCPIインフレは高まる。
しかし、レタスの価格高騰は猛暑が収まるまでの一時的なものだ。その意味で、レタスの価格高騰はCPIインフレに含まれるノイズであり、CPIインフレの趨勢(すうせい)的な動きと区別する必要がある。
では、具体的にどのようにしてノイズを除くのか。
その発想は、フィギュアスケートの採点方法と同じだ。フィギュアスケートの審判員たちは、それぞれ自分の点数をつける。しかし最終結果は各審判員の点数の単純平均ではない。
まず、最も高い評価をつけた審判員の点数と最も低評価の審判員の点数を除外する。その上で、残りの審判員の点数を平均する。一番高い点数と低い点数は審判員の判断ミスの可能性が高いので、それらを外れ値(ノイズ)と見なし、除外するという考え方だ。
基調物価の算出も同様だ。総務省の公表するCPIは、チョコレートやシャンプーなど582の品目から構成されている。各品目について、ある月のインフレ率を計算すると、大きなプラスの値をとるものや、大きなマイナスの値をとる品目が含まれている。これらの値は外れ値である可能性が高いので、そうした品目を集計から除外する。
実際に、2025年5月のデータを基に計算してみよう。この月で最もインフレ率が高かった品目は「うるち米A(コシヒカリ)」で前年比103%だ。次いで「うるち米B(コシヒカリ以外の単一原料米)」が同101%、「しょうが」同55%、「じゃがいも」同39%と続く。
コメの価格上昇がノイズとされると、抵抗を感じる消費者も少なくないかもしれない。しかしこれほどの高い上昇率が長く続くことはないので、その意味では一時的な変動であり、ノイズだ。
逆に、インフレ率の低い品目としては、「高等学校授業料(公立)」が前年比マイナス94%、「キャベツ」が同マイナス39%、「ブロッコリー」同マイナス36%となっており、これらもノイズとみてよいだろう。
フィギュアスケートの場合、審判員はせいぜい数人なので、除く人数を2人にするという判断は極めて自然だ。一方、CPIの場合は582品目なので、最高と最低の2品目を除くのでは少なすぎる。どこまで除くべきだろうか。