銀行・信金・信組 最後の審判 #9Photo by Yasuo Katatae

融資先などのM&A(企業の合併・買収)を仲介して手数料を稼ぐビジネスは、収益力が細る地方銀行にとって数少ない有望な新事業だ。これまではM&A仲介最大手の日本M&Aセンターに丸投げするモデルが多かったが、自前で仲介業を手掛ける地銀も現れ始めている。特集『銀行・信金・信組 最後の審判』(全16回)の#9では、「脱」日本M&Aセンターの成否を占う。(ダイヤモンド編集部 片田江康男)

“情報屋”に成り下がった地銀が
「脱・日本M&Aセンター」へ

 事業承継の必要性が叫ばれて久しい。国は税制優遇や補助金を創設するなど、お膳立てをしてきたが、足元ではいまだに後継者不在の中小企業は全国に約127万社、さらにそのうちの60万社は黒字廃業の可能性があるといわれている。

 この状況は、地方銀行にとって死活問題だ。黒字廃業危機を放置しておけば、自らがよって立つ地域経済の崩壊につながるからだ。

 そんな地域経済と地銀の状況に、いち早く目を付けたのがM&A仲介業最大手の日本M&Aセンターだった。同社は自らを「地域経済の救世主」と定義。後継者がいないのであれば他企業に事業を売却して、培ってきた技術や資産、雇用を維持し、地方創生につなげようと全国の地銀に説いたのだ。

 そんな甘言に乗った地銀は実に全99行中95行に上る。その多くの地銀は、取引先が事業承継を目的としたM&Aに関心があると聞けば、せっせと日本M&Aセンターにその情報を献上。日本M&Aセンターはそれらを基に次々とM&Aを成約させ、同社は2022年3月期、10年前の約7倍に当たる連結売上高404億円を達成する急成長を遂げた。

 M&A仲介のノウハウや体制がない地銀にとっては、日本M&Aセンターは都合の良い存在だったともいえる。こうして地銀は日本M&Aセンターの“情報屋”に成り下がり、M&A仲介を“丸投げ”。M&Aが成立した暁には、手数料を得ていた。

 ところがこの数年、地銀が“情報屋”から脱却する動きが目立ち始めた。背景にあるのは、長引く低金利で収益力が細り、新たに稼げる事業が必要となったことだ。これまでの日本M&Aセンターとの協業や出向者の相互受け入れなどの人的交流を通して、ノウハウを獲得したことも大きい。

 加えて、日本M&Aセンターが売上高を不正計上する不祥事が明らかになったことも、地銀の「脱・日本M&Aセンター」を加速させた。

 日本M&Aセンターは不正計上のために、契約書にある顧客企業の押印部分などをコピー・切り貼りして、社内報告書の偽造を行っていたのだ。地銀にとって、コンプライアンス不全の企業に大切な取引先企業の事業承継など任せられるはずもない。

 多くの地銀は今、自らの力でM&A仲介を行うビジネスモデルへの転換を進めている。次ページでは、どの地銀よりも早く自前主義に切り替え、実績を上げている京都銀行の事例を紹介する。さらに、そもそも地銀がM&A仲介を手掛ける現状を根底から問い直し、地銀を飛び出した“ヤメ地銀”の動向もレポートする。