書評家が厳選! ゴールデンウィークにじっくり読むSF本「これから起こる災害」を知る5冊

ChatGPTなどの新しいAI、地震などの自然災害、ウクライナへの軍事侵攻……日々伝えられる暗く、目まぐるしいニュースに「これから10年後、自分の人生はどうなるのか」と漠然とした不安を覚える人は多いはず。しかし、そうした不安について考える暇もなく、未来が日常にどんどん押し寄せてくるのが今の私たちを取り巻く時代だ。
『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』著者の冬木糸一さんは、この状況を「現実はSF化した」と表現し、すべての人にSFが必要だと述べている。
今回は、本書の発売を記念し、特別インタビューを実施。冬木氏に「SFの魅力」について教えてもらった。(取材・構成/藤田美菜子)

日本人は「火山災害」をもっと警戒すべき

――今回は「これから起こる災害」を考える5冊をご紹介いただきたいと思います。『SF超入門』のなかでも、地震や感染症をはじめ、戦争という人的災害まで、災害をテーマにした作品を幅広く取り上げていますね。

冬木糸一(以下、冬木):災害SFについては、その災害を身近に感じている作家が書いたものほど「切迫感」があります。その意味では、地震をテーマにしたSFは、やはり日本の作品がいちばん優れていると言えるでしょう。アーサー・C・クラークも共著で地震小説を発表していますが、リアリティに欠ける面がある。

 日本発の災害SFといえば、地震小説の金字塔である小松左京の『日本沈没』が真っ先に挙がるでしょうが、ここでは石黒耀『死都日本』(講談社)を取り上げたいと思います。

 『死都日本』が中心テーマに据えるのは「火山の破局噴火」です。日本人の大半は地震の怖さを知っていますが、火山噴火については一部地域に住む人々を除いて意外と危機意識が低い。著者である石黒は、幼いころから火山に魅せられ、学生時代を日本有数の火山帯に属する宮崎で過ごした人ですが、奥さんの「地震は怖いけど火山はそうでもないよね」というひとことに驚いてこの作品を執筆したといいます。

 エンタメ小説としてベスト級に面白いことに加えて、この小説では火砕流(高熱の岩石や破片が山の斜面を流れ下る現象)や火砕サージ(火砕流本体から噴き出す高速・高温のジェット粉粒体)の恐ろしさが克明に描かれているのがポイントです。コンクリート壁を破壊するほどの威力を持つ高温の爆風が、周囲の環境を根こそぎ破壊していく描写はまさに戦慄もの。実際にこの規模の噴火に遭遇したら、この本を読んでいるか否かで生存率が変わってきそうな気がします。それくらい、火山災害に対する危機意識を大きく変えてくれる作品です。

世界が注目する「気候変動災害」を知る

――地震・火山SFについては日本の作品にアドバンテージがある一方で、いま世界がこぞって注目する「気候変動による災害」を描いたSFについては、海外の作品のほうが先を行っていると指摘されていますね。

冬木:米カリフォルニアの山火事や水不足、パキスタンの大洪水などをはじめ、海外では気候変動の影響で実際に大規模な災害が起きているので、やはり関心の深さが違います。

 日本の読者にとって、他国の災害を自分事として考えるのはなかなか難しいかもしれません。しかし、世界が密接につながっている今、より広い視点で災害を捉えることが必要になってきているのではないでしょうか。

 そんな視点のひとつをくれるSFが、マヤ・ルンデ『蜜蜂』(NHK出版)です。この小説で描かれるのは「ミツバチが消滅した世界」。ハチが突如として大量に失踪する「蜂群崩壊症候群」という現象は現実でも起きていますが、その原因には農薬や気候変動などいろいろな説が提唱されてきました。

 多くの人は、ハチが消えても問題ないだろと思うかもしれませんが、それは大きな間違いです。というのも、農作物の多くは農場を飛び回るハチが受粉させているからです。もし「蜂群崩壊症候群」を食い止めることができなければ、世界の食糧事情は急速に悪化するでしょう。その結果ディストピアに転落していく世界を、この作品は垣間見せてくれるのです。

「宇宙災害」がもたらす大停電の脅威

――ハチの失踪のように、普段あまり意識することのないテーマに目を向けさせてくれるのはSFの醍醐味ですね。

冬木:一見ニッチだけど、実は大きなインパクトを持つ事象を描くのは、SFのお家芸です。たとえば、多くの人にとって耳馴染みはないでしょうが、これから起こり得る危機として覚えておきたいのが「太陽フレア」です。

 太陽フレアとは、太陽の表面の中でも比較的温度の低い「黒点」の磁場が変化するとき、そのエネルギーが周りのガスに伝わって爆発し、電気を帯びた素粒子が飛び出してくる現象のこと。これらの素粒子が地球に到達すると、地球の磁場や電磁層が乱れ、GPSを狂わせたり、人口衛星や通信・送電網に影響を及ぼしたりする可能性があります。

 この太陽フレアに見舞われた世界を描いたSFが、伊藤瑞彦『赤いオーロラの街で』(早川書房)。直接多くの人命を奪うようなインパクトはありませんが、太陽フレアの脅威とは、数年単位で「停電」が起きることです。磁気圏の乱れによって各地の変電所が破壊されるうえ、電気が使えない状況ではその復旧もままならないからです。

 宇宙災害というと、隕石衝突などをイメージする人が多いでしょうが、太陽フレアはそれよりはるかに現実的な脅威です。過去に大規模な太陽フレアが発生したのは1859年のこと。当時の世界は電気の時代を迎えたばかりでしたが、現代で同規模の太陽フレアが発生すれば、被害総額は100兆円規模以上になると見られます。私たちが依存しているインフラの脆弱性を見直す意味でも、一読しておきたい作品です。

「感染症」がもたらす分断に立ち向かう

――現実世界で災害が起こると、それ以前に出版されていたSFが「予言的な作品」として話題になるのはよくあることです。コロナ禍に際してもそうでした。冬木さんが注目した「パンデミックSF」はありますか?

冬木:パンデミックがもたらす「感染者と非感染者の分断」に深く切り込んでいたという点で、とりわけ示唆的だったと思うのは、小川一水の「天冥の標」シリーズ(早川書房)です。

 コロナ禍が当たり前のものになりつつある今となっては昔のことのように感じられますが、パンデミック初期の「感染者差別」には苛烈なものがありました。今後、コロナ以上に殺傷力の高いウイルスがいつ登場してもおかしくないなかで、差別という問題は必ずまた繰り返されるでしょう。

 この問題を核に、本作では「感染症が広がった世界で、人としてどう生きるか」を問いかけます。「みんなが感染者を差別するなら自分もしてもいい」という流れの中でいかに踏みとどまるか。差別を超えた人間関係をいかに構築するか。そんな、感染症の負のサイクルを断ち切るための努力を、全10部作というボリュームを費やして描き出すのが「天明の標」というシリーズなのです。時系列的には、第2巻『天明の標Ⅱ 救世群』が物語の起点に当たるので、ここから読み始めてもいいでしょう。

SFという形でしか書けなかった「戦争体験」

――さて、足元の災害でいうと、現在進行形で続いているウクライナ戦争が挙げられます。戦争を描いたSFとしては、どの作品を挙げられますか?

冬木:古典ですが、カート・ヴォネガットの『スローターハウス5』(早川書房)を挙げたいと思います。

 本作の特徴は、ヴォネガット本人の戦争体験を踏まえて書かれているということ。第2次世界大戦にアメリカ陸軍兵として参加したヴォネガットは、ドイツで捕虜になり、そこで連合国軍による爆撃に巻き込まれます。終戦までのあいだ、「スローターハウス5」と呼ばれる屠畜場の地下に身を潜めて生き延びた体験が、そのまま作品に反映されているのです。

 本作の主人公はトラファルマドール星人との遭遇により時系列がバラバラになった状態で人生を追体験していく、特異な時間感覚を身につけます。それにより、戦争で体験したむごい出来事も「そういうものだ(すべては最初から決まっていたことだ)」と受け入れるようになっていきます。

 ヴォネガットは、このような形でしか自身の体験を表現することができなかったのでしょう。まっとうには語りえないものを、SFに昇華することで受け入れるしかなかった。そんな異色の戦争小説です。

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だから、この本。