ChatGPTなどの新しいAI、地震などの自然災害、ウクライナへの軍事侵攻……日々伝えられる暗く、目まぐるしいニュースに「これから10年後、自分の人生はどうなるのか」と漠然とした不安を覚える人は多いはず。しかし、そうした不安について考える暇もなく、未来が日常にどんどん押し寄せてくるのが今の私たちを取り巻く時代だ。
『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』著者の冬木糸一さんは、この状況を「現実はSF化した」と表現し、すべての人にSFが必要だと述べている。
今回は、本書の発売を記念し、特別インタビューを実施。冬木氏に「SFの魅力」について教えてもらった。(取材・構成/藤田美菜子)
話題沸騰「ChatGPT」の先に見る未来
――冬木さんが厳選してお勧めするSFをテーマ別に紹介していきたいと思います。まずは、「最新テクノロジーを考えるためのSF」というテーマで選んでいただけますか?
冬木糸一(以下、冬木):最新テクノロジーということでまず外せないのは、昨年末から話題沸騰中の「ChatGPT」でしょう。
ChatGPTは、人間のように自然な会話ができる生成系AIですが、信用ならない情報や、端的にウソの情報を、いかにも本当らしく語れてしまう点が問題視されています。また、ChatGPTにレポートの執筆を丸投げするなどといった問題もすでに顕在化してきています。
となると「人間が書いたものとAIが書いたものをどう見分けるか」という問いが浮上するわけですが、まさにこのテーマを扱っているのが、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか』(早川書房)です。
この小説の世界には「人間と見分けがつかないアンドロイド」が存在します。対象が人間かアンドロイドかを判定するためのテストも開発されていますが、このテストをかいくぐるための手法もある。そんな「イタチごっこ」は、いままさにChatGPTをめぐって繰り広げられていることでもあります。
ではどうすればいいのか? その直接的な答えが『アンドロイドは~』の中に示されているわけではありません。むしろこの作品が提起するのは「生物と非生物の区別をつけることに果たして意味はあるのか?」という問いです。
実際、AIチャットボットをリアルなコミュニケーション相手として扱う人も登場し始めている現在、相手が人間だろうがAIだろうが関係ないという考え方が、社会の一角を占めるようになるだろうと容易に想像がつくでしょう。今後、私たちが確実に直面することになる倫理的な問いかけを先取りさせてくれる作品です。
ChatGPT関連でもう1冊挙げるなら、『AI2041 人工知能が変える20年後の未来』(文藝春秋)を。この作品は、元グーグル中国のCEOである人工知能学者のカイフー・リーが、こちらもグーグル出身者であるSF作家のチェン・チウファンとタッグを組んで、AIが普及した社会を10の短編で描き出すオムニバスです。
AIに置き換えられる仕事、自律兵器の脅威、AIが提起する倫理課題など広範なテーマを扱っており、小説のあとに「解説」が挿入されるスタイルが特徴的で、SFとしてはかなり現実的な未来予測を行っています。フィクションとノンフィクションの架け橋になる1冊という意味で、『SF超入門』とも目指すところは似ているように感じます。
「メタバース」は一過性のブームではない
――ChatGPT以前には、「メタバース(仮想世界)」というキーワードがテクノロジー界隈を沸かせていましたね。
冬木:コロナ禍でリモートワークが増え、会議などもオンライン上で行われるようになったことをきっかけに、「メタバース」は注目を集めました。2021年10月、フェイスブックがメタバース事業に舵を切り、社名を「メタ」に変更したあたりが盛り上がりのピークだったかもしれません。しかし、コロナ禍が落ち着くにしたがってブームは収束。本格的に始まる前に終わったムーブメントのように捉えられている感があります。
とはいえ、メタバースという世界観が、この先の社会でいっそう重要になっていくことは間違いないでしょう。グローバル化にともなって人間の行き来が増えたこと、工場式畜産の弊害で抗生物質への耐性を持つ細菌が増えたことなど複数の理由から、世界ではパンデミックがますます発生しやすくなっています。新型コロナウイルスより深刻な危機がいつまた訪れてもおかしくない状況なのです。そうなれば、人と人がリアルに対面しなくてはならないという価値観は薄れていきます。
その結果、どんな社会が訪れるのかを描いたのが、芝村裕吏『セルフ・クラフト・ワールド』(早川書房)です。この物語の世界では、ゲームの中の仮想世界で生まれた技術が現実世界に持ち出され、国家の競争力を決定づけるなど、さまざまな意味で仮想世界の比重が現実世界をしのごうとしています。
その先にあるのは、仮想世界が実質的に「もうひとつの現実」になった社会です。そこでは、ゲーム内のAIと恋愛関係を結ぶ人も大勢いますし、高齢者も身体の衰えを気にすることなく活動することができます。そんな未来を予見させてくれる作品です。
行き過ぎた「健康社会」への警鐘
――人生100年といわれる時代、「医療テクノロジー」も関心を集めています。
冬木:近年は、老化のしくみや長寿遺伝子の働きを活性化させる方法なども明らかになりつつあり、いまや老化とは不可避の現象ではなく「治療できる病」であるという言説まであります。これは一見、すばらしいことのように思えますが、その一方で、寿命を縮めるような「不健康な振る舞い」が許されなくなるという息苦しさもつきまといます。
そんな、健康社会の生きづらさを描くのが、伊藤計劃『ハーモニー』(早川書房)。この物語の世界では、人口の減少にともなって個人の肉体は「公共の貴重な資源」と見なされており、なんとしても不健康にならないよう、体内に注入されたナノマシンによって厳重に管理されています。免疫異常などが修正されるのはもちろん、アルコールで酩酊することも許されません。
この物語で描かれる社会が、あながち荒唐無稽とも言い切れないのは、私たちの社会が現実的にそちらに近づきつつあるからでしょう。実際、健康に気を使わない人々は「健康保険制度を圧迫する害悪」であるかのように語られることが増えました。街中から喫煙スペースが着実に排除されていることは、タバコによる健康被害を考えればしごくまっとうな話ですが、タバコばかりでなく、今後はアルコールや運動不足なども、よりシビアに取り締まられていくでしょう。
社会を挙げて健康を志向することは、100%良いことであるように見えて、そこでは「個人の自由意志」が犠牲にならざるを得ません。こうした弊害を直視させてくれるのも、SFの重要な役割と言えます
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