ChatGPTなどの新しいAI、地震などの自然災害、ウクライナへの軍事侵攻……日々伝えられる暗く、目まぐるしいニュースに「これから10年後、自分の人生はどうなるのか」と漠然とした不安を覚える人は多いはず。しかし、そうした不安について考える暇もなく、未来が日常にどんどん押し寄せてくるのが今の私たちを取り巻く時代だ。
『「これから何が起こるのか」を知るための教養 SF超入門』著者の冬木糸一さんは、この状況を「現実はSF化した」と表現し、すべての人にSFが必要だと述べている。
今回は、本書の発売を記念し、特別インタビューを実施。冬木氏に「SFの魅力」について教えてもらった。(取材・構成/藤田美菜子)
まずは「日本の作家による最近の作品」から
――『SF超入門』では、未来を想像する手がかりになる小説が56作品リストアップされています。そのなかでも、特にSF初心者にお勧めの作品はどれでしょうか?
冬木糸一(以下、冬木):第1回でも少し紹介しましたが、本書では、取り上げた56作品を「SF沼の地図」という4象限マトリクスにマッピングしています。
マトリクスの縦軸は、小説(Fiction)としての「読みやすさ」です。上に行くほど読みやすく(Light)、下に行くほど歯ごたえがある(Heavy)作品ということになります。SF初心者であれば、この「SF沼の地図」の上半分にマッピングされている作品から手に取ってみることをお勧めします。
このゾーンにマッピングされている作品には、大きく2つの共通点があります。ひとつは「21世紀以降の作品」が多いということ。もうひとつの共通点は「日本の作家による作品」が多いということです。
SFを読むというと、『ソラリス』や『幼年期の終わり』など、誰でもタイトルくらいは耳にしたことのある作品から入ろうと思う人も多いでしょう。しかし、こうした「古典」はテーマ設定からして小難しく感じがちなので、最初に手に取ると挫折してしまうかもしれません。
また、SFといえばアメリカが本場のひとつですが、やはり翻訳作品よりもともと日本語で書かれた小説のほうが読みやすい。加えて、どの作家も自分の国の社会がまさに直面している問題をテーマとして取り上げることが多いため、日本の読者にとっては日本の作品のほうが身近に感じやすく、世界観に入りやすいという面があります。
したがって、初心者は「日本の作家による21世紀の作品」から読み始めてみるのがいいという結論になるわけです。本書で取り上げた作品でいうと、「男性が妊娠できる未来」を描くことによって男女格差や少子化の問題に切り込んだ『徴産制』(田中兆子、2018)などが、僕の周りでも反響が大きいですね。
「世界のいま」を映し出すSFトレンド
――最近のSFのトレンドについて教えてください。
冬木:たとえば近年、アメリカでは「Cli-Fi(クリファイ)」といって気候変動をテーマにしたSFのジャンルが大きな盛り上がりを見せています。
これは、アメリカではハリケーンや水不足といった危機がかなり深刻になっていることが背景にあります。日本ではアメリカほど気候変動に対する切迫感がないためか、翻訳される作品がまだ少ないのが残念ですが、世界の一大関心事であるこのテーマをビビッドに感じるには、やはり触れておきたいジャンルです。
また、SFは当然世界中の国で書かれていて、世界中でSFが盛り上がってきている機運があります。中でも日本でこのところ台頭しているのが「中華SF」です。その火付け役になったのが、全世界で3000万部というSFとしては異例の売り上げを記録した『三体』(劉慈欣、2019年)の存在。以来、SFの振興は中国の「国策」のようになっており、アメリカに並ぶ科学技術大国としての存在感をアピールするのに一役買っています。
もうひとつ注目したいのは、「アフロフューチャリズム」という、黒人文化とテクノロジーや未来、宇宙文化といったSFとも関連の深い要素を結びつけた思想(ジャンル)です。黒人の視点から未来社会を描くというもので、1990年代に確立されたジャンルですが、日本ではあまり根付きませんでした。しかし近年、ブラックライブズマター運動の広がりや、映画『ブラックパンサー』のヒットなどを背景に、関心が高まっているように感じます。
本書で取り上げたなかでは、現代の黒人女性が奴隷制の時代にタイムスリップする『キンドレッド』(オクテイヴィア・E・バトラー、原著刊行1979年)が、このジャンルに連なる作品といえるでしょう。同作の翻訳は長らく絶版状態にありましたが、最近、約30年ぶりに復刊されました。
小説の次に触れたい「SFゲーム」
――SFというジャンルには、映画やゲーム、漫画やアニメの名作も多くあります。『SF超入門』では小説のみを取り上げていますが、SFを読むことの「効能」を考えたとき、小説という形式でSFに触れることのアドバンテージはどこにあると思いますか?
冬木:実のところ、今回の本で映画やゲームや漫画を取り上げられなかったのは、僕としても辛い思いではありました。できることならすべて取り上げたかった。
ただ、小説には小説ならではの長所があるのも確かです。映画やゲームといったメディアは、小説よりも人数をかけて作るもので、ビッグプロジェクト。多額の予算をかけるぶん、できるだけ大勢の人を楽しませるために、狭く、深いテーマ性よりは広く訴求することになりがちです。
もちろんビッグプロジェクトである『ターミネーター』や『マトリックス』といった映画でも社会的な問題提起はなされているし、より狭く深く映像やプレイヤーが操作するゲームならではのテーマを扱っている作品もたくさんあります。SF小説の優位性はやはり「一人で、比較的短時間で作品を生み出せる」ことから、先鋭的なテーマや描写を追求できる点にあるといえるでしょう。
さらに、小説の優位性はどんなに壮大な物語であっても文字であれば簡単に書ける点にあります。宇宙を埋め尽くすような艦隊が、文字なら一瞬で生み出すことができる。未知の社会やテクノロジーを描くコストが、映画やゲームと比べて圧倒的に低いのです。漫画やアニメにしても、小説に比べるとやはりコストはかかります。したがって、第1回でもお話しした「未知の領域に目を向けさせてくれるポインター」としての役割をSFに求めるなら、小説から入るのが手っ取り早いとは言えます。
もっとも、未知の状況を没入的に「体験」させるという意味では、近年ではゲームのプレゼンスが大きく増しているので、興味のある方はぜひ触れてみてほしいですね。
――冬木さんが注目する、SFゲーム作品を教えてください。
冬木:ゲームクリエイターの小島秀夫さんは、昔から予言的な作品を数多く手がけてきた、SFゲームを語るうえで欠かせない存在です。
代表作である『メタルギア』シリーズは、ステルスゲームの傑作として知られていますが、「自立的に移動し、核を搭載&発射できる二足歩行型戦車」が存在し、世界の核バランスが一変した世界を描き出しています。第一作はGENE(遺伝子)と「遺伝子の制御」をテーマにし、第二作は文化的遺伝子(MEME)と「デジタル社会の情報統制」を扱い──と、それぞれの作品ごとに時代を捉えたテーマを扱ってきた。
また、2019年11月にリリースされた『デス・ストランディング』は、まさに予言的な作品だったと言えるでしょう。というのも、「大災厄によって分断された世界をつなぎなおす」というのが、このゲームのテーマだからです。人と人がつながることの意味を、コロナ禍の直前というタイミングで問いかけたこの作品は、非常に大きな気づきをはらんでいたと思います。
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