「このまま、母が健康でいてくれたら、言うことないんですけど……」。2015年のインタビュー中、ふと漏らした。この時点で、迫りくる好ましからざる事態を予測していたのかどうかはわからない。

 2年後の17年、持病の変形性膝関節症が悪化した母親が要介護状態になるのだ。高井さんが43歳の時だった。初めての要介護認定で「要介護1」と認定され、スーパーへの買い物や自宅内の掃除など、日常生活で必要な動作の一部が自力ではできなくなっていた。

「要介護認定を受ける数カ月前から鉄道旅行にも行きたがらなくなって、自宅の中でも歩きにくいのには気づいていたんですが、そこまで悪くなっているとは思わなくて……。正直、ショックでした。でも、母のことを他人に任せるわけにはいきませんから……何とか自分で頑張っているんですが、ずっと家事を母親任せにしてきたので、大変で……」

 要介護認定を受けてから半年ほど過ぎた頃、インタビューでそう苦境を明かした。

 デイサービス(通所介護)を週に2回利用しているものの、訪問介護サービスについては、要介護1の通常の利用頻度よりも少ない週1回に抑え、炊事、洗濯、掃除、そして入浴の介助まで、一手に高井さんが担っているという。

「失礼ですが、それはお母さんの意向なのですか?」

「いや、すべて私の判断です。母は……そのー、逆というか……」

「逆というのは、どういうことですか?」

「……はぁー。当初から介護施設に入ると言い張るんです。『あんたに迷惑はかけたくない。私が一人暮らしになれば、また結婚相手を探せるじゃない』と……。そんな、とんでもない。母を見捨てることなんて、できるわけないじゃないですか!」

 短い沈黙に続くため息は、彼の苦悩がいかに深いかを表しているかのようだった。そして終始、努めて冷静に話していた彼が、この時の取材の最後で一度だけ声を荒らげた。

プライドを保つための介護離職

 それからというもの、時間の経過とともに母親の状態は悪化の一途をたどる。日常生活のほぼすべてにおいて介助が必要になり、判断力の低下や記憶障害など認知機能の低下が著しい。要介護認定を初めて受けてからわずか1年余りで要介護3と認定された。デイサービスなど外出時は車いすで移動、自宅内で一人のときには四つん這いになってトイレまで動いて用を足すなどしているという。