都会で忙殺されていた2人が
ローカルに惹かれた理由

 妻の玲子さんはもともと、酒場に対して特別な憧憬を持っていた。それはかつて、留学先のスコットランドで見た風景に端を発しているという。

「2011年の東日本大震災のあと、原発事故の怖さなどもあって、地方に移住するなど生き方を見直す人が大勢いましたよね。私もその口で、このまま日本で疲弊して生きることに疑問を感じて、日本を飛び出したんです。結果的にこの留学は大成功で、スコットランドでは大人が毎日パブで盛り上がっていて、笑顔で交流している様子に感銘を受けました。お酒の文化で人々が繋がっているのがとても豊かに感じられ、いつかああいう場に身を投じたいと強く感じたのを覚えています」

 一方の圭佑さんもまた、2017年の新婚旅行で訪れたニュージーランドで、似たような気づきを得ているのが興味深い。

「デザイン会社に勤務していた頃は、昼も夜もなく徹夜で働くのが当たり前の状態で、なかなか家にも帰れませんでした。新婚旅行の時も、会社にスーツケースを持ち込んで、ギリギリにオフィスを飛び出して空港でシャワーを浴びたほどで(苦笑)。そんな生活の中で、ニュージーランドでブルワリーを訪ねたり、山を登ったり、ゆるやかな時間を体験してしまったのですから、“自分は一体何をやっているんだろう”と疑問に感じるのも当然ですよね」

 目の前の仕事に心身をすり減らす日々から脱し、残りの人生をどう生きていくべきかを真剣に考えたい。夫婦の人生観は、ここで完全に合致した。ところが、ほどなく子宝を授かったことで、子育てと仕事の両立に追われる日々。このまま漫然と、東京で生きていくしかないのか……そう思っていた矢先、突然世界を襲ったのがパンデミックだった。

 圭佑さんは、飲食店やイベント関連の受注が多かったことが災いし、コロナ禍で社会が機能を停止すると途端に収入が激減。そして一方では、玲子さんの体にも異変が生じていた。

「もともと長女を出産した翌年あたりから、不自然に体重が減り続けたり、体が震えたり、おかしな状態が続いていたんです。診察を受けると、バセドウ病であることが判明しました。投薬治療を受けたものの、根本の原因であるストレスが解消されない限り症状は改善しないとお医者さんに言われ、いよいよ真剣に生き方を見直さなければいけないと強く感じました」

 ストレスの根源が、多忙でジャンクな生活にあるのは明らかだった。自分たちが求めているのは、自然と共生しながら体が本来求めている水や空気、食材を摂取しながら生きること。やはり、都会での暮らしは自分たちには合わないのだと、2人は再認識した。

 何より、かねてからの夢であったビールづくりも、ローカルで果たせば有機栽培の原材料にこだわった理想のビールがつくれるに違いない。夫妻にとって、もはや地方へ移住しない理由は1つもなかった。