「毎日、頑張っているけれど、どうにも充実感がない」「本当に充実した人生といえるのか」「将来の備えはどのくらい必要か」……。そんな誰もがぼんやりと抱いている疑問に、ストレートに響いたのではないか。2020年に刊行してベストセラーとなり、今なおロングセラーを続けているのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)だ。その提案は、資産を死ぬときにゼロにしよう、というもの。お金の“貯め方”ではなく、“使い方”を変えるのだ。限りある人生で「金」と「時間」を最大限に活用するためのルールとは?(文/上阪徹)

「不幸な老後」を送る人が直面する“想像と違う”老後のリアルPhoto: Adobe Stock

若い人の節約が「バカげている」理由

 いい仕事に就き、多くの時間を仕事に捧げ、コツコツと貯金をして将来に備え、いずれ年を取ったら引退し……。当たり前のように誰もが考えてきた人生観が、完全にひっくり返される。

 まさに、人生が変わった、という声が読者から次々に届き、20万部を超えるベストセラーとなっているのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)だ。

 貯蓄は早くから始めたほうがいい、給料の一部を貯蓄に回すべきだ、とアドバイスされた若い人も少なくないかもしれない。親に言われて子どもの頃からお小遣いを貯めていた人も多いかもしれない。しかし、著者は「若いときは節約よりも自由に金を使うほうが合理的だという考えを支持する経済学者は多い」と記す。

 そして、実際に大学教授が若い頃、先輩から忠告された話を紹介する。

「今は節約するのではなく、むしろ金を借りるくらいでちょうどいい。10年後や15年後の今よりも豊かな暮らしを想定し、今からその通りに暮らすべきだ。倹約の大切さを教わった中流階級の家庭で育った私でもこう言える。今の君が金を惜しんで貯蓄に勤しむのはバカげている」(P.151)

 なぜか。「今しかできない経験」というものがあるからだ。貯蓄も大事だが、そのチャンスをみすみす逃してしまってまで貯蓄をし、保守的な生き方をするのは、バランスを欠く、というのである。

 リスクとの向き合い方も同様である。例えば、あなたが俳優になりたいとする。だが、この分野は競争が厳しい。それでも、あなたが20代前半なら、夢に挑戦してみるべきだと著者は記す。できる限りのことをすればいい、と。

 数年経って芽が出なくても、まだ人生をリカバーする方法があるからだ。そして20代前半のチャンスを活かし、俳優の道という夢を勝ち取れるかもしれないのだ。

「不幸な老後」を送る人が見落とすこと

 今したいことがあるが、老後が心配なのでお金を貯めておく。また、会社を定年すれば時間もあるし、老後に贅沢ができるようにしておきたい。そんな考え方もあるかもしれない。

 しかし、では老後になったら、贅沢ができるようになるのかといえば、実はそんなことはない。「金から楽しみを引き出す能力は年齢とともに下がっていくという事実」があるからだ。

 老衰し、身体を動かすこともできず、チューブで栄養をとり、排泄も自力ではできない。そんな状態では、人はそれまでの人生の経験を思い出すこと以外ほとんど何もできない。プライベートジェットを自由に使えたとしても、もうどこにも行けないだろう。貯金が100万ドルあっても、10億ドルあっても、残された人生でその金を使ってできることはほとんどない。(P.157-158)

 旅行はとてもわかりやすい。旅行を楽しむには、時間と金、そして何よりも健康が必要になるのだ。80歳になったら、体力面を考えれば、あまり遠くには出かけられない。年を取って体力が落ちると、旅へのストレスへの対処が難しくなってくる。

 何かスポーツをやろう、となっても同様だ。いつかやろうと思っていても、40代、50代、60代と進むにつれ、ハードルはどんどん高くなる。やりたいとき、やれるときにやっておいたほうがいいのだ。

 端的に言えば、まだ健康で体力があるうちに、金を使ったほうがいい。(P.164)

 金から価値を引き出す能力は、年齢とともに低下していくからだ。ただし、その能力の低下は、生まれた瞬間から始まるのではない。誰でも赤ん坊のときは金を使えない。金は、人生と最初と最後ではほとんど価値がない。

 一方、20代は次々に新しい経験ができる。金から大きな価値を引き出せる。しかし、20代も後半に差し掛かると、健康はゆっくりと衰え始める。それに応じて、金から価値を引き出す能力もゆっくりと低下していく。

 だから、経験を楽しむ能力が高いときにたくさんお金を使う。20代や30代がまさにそうであり、そこは貯蓄を抑えめにする。逆に能力が下がっていく40代以降にこそ、貯蓄を増やしていく。そんな考え方が求められてくるということだ。

 人生の満足度を上げるコツは、お金以上に、健康と時間を意識することなのだ。

「人生の最期」に一番後悔することは?

 余命数週間の患者に、人生で後悔していることを聞いていた介護者のエピソードが出てくる。最も頻繁に耳にした「5つの後悔」のうち、上位2つの後悔の一つがこれだ。

 最大の後悔は、「勇気を出して、もっと自分に忠実に生きればよかった」であった。他人が望む人生ではなく、自分の心の赴くままに夢を追い求めればよかった、と。(P.194)

 人々は、自分の夢を実現できなかったことを後悔していた。自分の心の声に耳を傾けず、誰かに用意された人生を生きていた。世間体を気にしたり、過度に老後を心配したり、自動運転モードで生きてしまったことも含まれる。

 そして、後悔の中で2番目(男性の患者では1位)がこれだ。

「働きすぎなかったらよかった」だ。これは、まさに私が本書で主張していることの核心だともいえる。(P.194)

 仕事優先の人生を生きてきたことを深く後悔した男性は多かったという。働きすぎは後悔しても、一生懸命に子育てをしたことを後悔する人はいなかった。多くの人は、働き過ぎた結果、子どもやパートナーと一緒に時間を過ごせなかったことを後悔していたのである。著者はこう記す。

 もうじき失われてしまう何かについて考えると、人の幸福度は高まることがある。(P.195)

 人は、豊富で無限にあると感じられる何かに対しては、その価値を低く見積もりがちだという。現実には、人生の各段階で使える時間はそれほど多くはない。だから、「やりたいことリスト」を作ることを著者は推奨する。そのためのツール「タイムバケット」も紹介する。意識的に人生を考えておくことが重要なのだ。

 著者が提案するのは、資産ゼロで死ぬこと。その実際の難しさは想像できる。だが、それを本当にやろうとすれば、早い段階で資産を取り崩していかなければいけない。いつからお金を使い始めるか、だ。それはつまり、充実した「今しかできない」経験に投資をしていくということに他ならない。

 人生とは何か。「生きるために生きる」のではなく、充実したワクワクする人生をいかに作り上げるか。お金をどう貯めるかではなく、どう使うべきなのか。本書はその大きなヒントを与えてくれる。

(本記事は『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『安いニッポンからワーホリ!』(東洋経済新報社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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