「毎日、頑張っているけれど、どうにも充実感がない」「本当に充実した人生といえるのか」「将来の備えはどのくらい必要か」……。そんな誰もがぼんやりと抱いている疑問に、ストレートに響いたのではないか。2020年に刊行してベストセラーとなり、今なおロングセラーを続けているのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)だ。その提案は、資産を死ぬときにゼロにしよう、というもの。お金の“貯め方”ではなく、“使い方”を変えるのだ。限りある人生で「金」と「時間」を最大限に活用するためのルールとは?(文/上阪徹)

老後「不幸になる人」「幸せになる人」の決定的な違いPhoto: Adobe Stock

生き残った「働きアリ」は幸せなのか?

 いい仕事に就き、多くの時間を仕事に捧げ、コツコツと貯金をして将来に備え、いずれ年を取ったら引退し……。当たり前のように誰もが考えてきた人生観が、完全にひっくり返される。

 まさに、人生が変わった、という声が読者から次々に届き、20万部を超えるベストセラーとなっているのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)だ。

 冒頭、有名なアリとキリギリスのイソップ寓話から始まる。勤勉なアリと、気楽なキリギリス。冬がやってきてアリは生き残り、キリギリスには厳しい現実が……と誰もが知るストーリーだが、ここで著者はこう問いかけるのだ。

 だが、ここで疑問は生じないだろうか?
 アリはいつ遊ぶことができるのだろう?
(P.3)

 キリギリスの厳しい未来はわかった。しかし、アリはどうなったのか。もちろん、生きるためには働かなければいけない。しかし、「ただ生きる」だけでいいのか。本当は、それ以上のことをしたいのではないか……。

 まさにこれが本書のテーマだ。当たり前のように働き、欲しいものも我慢して貯金し、将来に備えて生きる。それは本当に豊かな人生といえるのか、ということだ。

 実はせっかく備えた巨額のお金を、ほとんど使うことなく人生を終えてしまう高齢者は決して少なくない事実があるという。年を経ても、人生観を変えることができなければ結局、貯めてもお金を使えないのだ。もっといえば、使おうにも使う先がなくなる。さらに、使うだけの体力も残っていないかもしれない。

 だから、著者は説くのである。古い常識から解き放たれ、新たな視点で人生を捉え直そう、人生を確実に豊かなものにしよう、と。その究極の方法こそ、亡くなるときに「資産ゼロ」で死ぬ、なのである。

倹約家の「人生が変わった瞬間」とは

 著者のビル・パーキンスはヘッジファンドのマネージャーの一方、さまざまな分野に活躍の場を広げている54歳のアメリカ人だ。大胆な提案をしているが、昔からそうだったわけではない。大学を出て初めて就職をしたときには、まったく逆の考え方だったという。

 アイオワ大学で電気工学を専攻。ただ、ありきたりなエンジニアにはなろうと思わなかった。大企業に就職する未来は、ワクワクしなかったからだ。もっと良い人生があるはずだ、と直感を持った。

 そんなとき、出会ったのが映画『ウォール街』。豊かで自由奔放なライフスタイルに憧れ、金融業界を目指す。そして働き始めたのが、ニューヨーク証券取引所のフロアの雑用係だった。年俸は1万6000ドル。この給料ではニューヨークには暮らせず、ニュージャージー州の実家から通った。

 その後、ルームメイトと狭苦しい同居生活を始める。副収入を得るため、夜にリムジンの運転手をし、爪に火を灯すような節約をした。当時、自分の倹約家ぶりを誇りに思っていたという。安い給料なのに、お金を貯められているのが、うれしかった。

 そんなある日、会社の上司と話をしていて、貯金の話になった。

 私は自信たっぷりに、節約して1000ドル貯めたことを伝えた。うまくやりくりしているのを褒めてもらえるだろう、と。
 ところが、それは大きな間違いだった。
「お前はバカか? はした金を貯めやがって」
 そう言われ、頬をビンタされたように衝撃を受けた。
(P.26)

 金融業界に入ったのは、大金を稼ぐためだった。これからもっと稼げるようになるのに、ちまちま節約してどうする、と叱られたのだ。そして、一つの気づきを得る。

「この1000ドルは、今しかできないことのために費やすべきだ」

 これを、「人生が変わった瞬間だった」と著者は書く。収入と支出のバランスについての考えが一変したのだ。「豊かになっているはずの将来の自分のために、若く貧乏な今の自分から金をむしり取っていた」ことに気づいたのだ。

 将来、自分が今より豊かになるなど、わからない、という人もいるかもしれない。しかし、大金を稼げるかはわからないが、今の給料以上を稼げる確信が著者にはあった。若いときの給料は少ないからだ。

節約ばかりの「働きアリ」の末路

 節約ばかりしていると何が起こるのか。そのときにしかできない経験をするチャンスを失ってしまうのだ。その結果、世界は必要以上に小さな場所になる。人生は経験の合計だからである。

 にもかかわらず、多くの人が若くから節約してお金を貯めようとする。もしかしたら、そのときにしかできない、かけがえのない経験ができたかもしれないお金、人生を充実感のある豊かなものにしてくれたかもしれないお金を、ただ銀行に眠らせているだけにしているのだ。

 私はこの本で、「アリ型」の人に、もっと「キリギリス型」の生き方をすることをすすめようとしている。
 つまり、今味わえるはずの喜びを極端に先送りすることに意味がないと伝えたい。この本の原則に従えば、ありがちな過ちを避け、金と人生から多くを得られるようになるだろう。(中略)
 この本は、(中略)最大限に人生を楽しむ方法を伝えるものである。その方法は「経験(それも、ポジティブな)」を最大化することだ。
(P.35-36)

 この文章を書いている私は、多くの人に取材をして文章を書く仕事をしている。魅力的な取材ができるのは、魅力的な生き方をしている人たちだ。ただ漫然と日々を過ごしている人からは、読み手に届くようないいエピソードはそうそう見つからない。「生きるために生きている人たち」といってもいいかもしれない。

 たしかに生きている。生活はできている。将来の備えもしている。安定した仕事もある。だが、実は日々に大きなワクワクもなければ、ドキドキもない。ただ、同じような毎日を過ごしているだけ。大きなリスクもない代わりに、大きなリターンもない。

 そうした人生を否定する気はまったくない。だが、そうではない人生があることにも気づくべきだと思うのだ。

 私の一番の願いは、この本を通じて、一人でも多くの人が、漠然と流されるように生きるのではなく、明確な目的と意図を持って人生について考えるようになることだ。明確な将来の計画を持ち、同時に今を楽しむことも忘れない。そんな生き方をしてほしい。(P.37)

 本書では、そのための「人生を最適化するための9つの原則・ルール」が紹介される。それは、人生をエキサイティングで、爽快で、満足いくものにする方法そのものだ。

(本記事は『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『安いニッポンからワーホリ!』(東洋経済新報社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。