「毎日、頑張っているけれど、どうにも充実感がない」「本当に充実した人生といえるのか」「将来の備えはどのくらい必要か」……。そんな誰もがぼんやりと抱いている疑問に、ストレートに響いたのではないか。2020年に刊行してベストセラーとなり、今なおロングセラーを続けているのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)だ。その提案は、資産を死ぬときにゼロにしよう、というもの。お金の“貯め方”ではなく、“使い方”を変えるのだ。限りある人生で「金」と「時間」を最大限に活用するためのルールとは?(文/上阪徹)

「老後に後悔する人」が知らない“お金より”ずっと大切なものPhoto: Adobe Stock

「青春時代の旅行」に隠された深い意味

 いい仕事に就き、多くの時間を仕事に捧げ、コツコツと貯金をして将来に備え、いずれ年を取ったら引退し……。当たり前のように誰もが考えてきた人生観が、完全にひっくり返される。

 まさに、人生が変わった、という声が読者から次々に届き、20万部を超えるベストセラーとなっているのが、『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』(ビル・パーキンス著)だ。

 著者のビル・パーキンスは、キャリアのスタートをニューヨーク証券取引所のフロアの雑用係から始めている。ルームメイトだった同僚とともに、年収は2万ドルに足りなかった。そして20代前半のあるとき、ルームメイトが3ヵ月仕事を休んでヨーロッパへのバックパック旅行に行くと言い出したのだという。

 休職したジェイソンは、旅行資金を工面するために、高利貸しから1万ドルを借金した。(中略)私はジェイソンに言った。
「頭でもおかしくなったのか?(中略)」
 心配していたのは友人の身の安全だけではない。ヨーロッパに行けば、昇進の機会も逃すかもしれない。
 私にとってそれは、月に行くのと同じくらい突拍子もないことに感じた。もちろん一緒に行くなんて想像もできなかった。
(P.40)

 だが、著者は後に深く後悔することになる。数ヵ月後に旅を終えて戻ってきた同僚から、ヨーロッパでの体験談や写真を見せてもらったからだ。同じ時間を過ごしながら、彼が自分よりもはるかに人生を豊かにしていたことがわかった。

 同僚はパリで、旅の途中で知り合った友人2人と午後の公園に行き、チーズとバゲットをつまみにワインを飲んだ。「そのときに、これからの人生で何でもできるような高揚感に包まれたんだ」と同僚は語った。

 著者は嫉妬し、後悔の念は増すばかりだった。

金では買えない「あまりに重要なこと」

 著者は後に、一年発起してヨーロッパに旅に出た。だが、30歳のタイミングでは遅すぎた。もう、ユースホステルに泊まり、20代前半の旅人たちと和気藹々とできるような年ではなかった。

 仕事上でも責任ある立場になっており、個人的な旅行のために何ヵ月も休暇を取るのは難しかった。

 著者はこう結論づける。

 残念だが、この旅はもっと若いときにすべきだった――。(P.42)

 一方の同僚は、人生の良い時期にヨーロッパに貧乏旅行ができた。その後、何年も「あのときヨーロッパに行けばよかった」という思いを抱えたまま生きる必要もなかった。高金利の借金は抱えたが、微塵も後悔していなかった。

「たしかに返済は大変だった。でも、あの旅で得た人生経験に比べれば安いものさ。誰も僕からあの体験は奪えない。仮にどんなに大金を積まれても、僕はあの旅の思い出を消そうとは思わない」
 ジェイソンは金では買えない、かけがえのない体験を得たのだ。
(P.43)

 この文章を書いている私には、著書『安いニッポンからワーホリ! 最低時給2000円の国で夢を見つけた若者たち』(東洋経済新報社刊)がある。ワーキングホリデーでシドニーを訪れている多くの日本人を取材した。

 キャリアを中断してきた人もいたが、彼らに後悔の表情はまるでなかった。それよりも、新しい世界を見ることができたワクワク感に満ちていた。日本にいたのでは、まず得られなかった価値観を得たと多くの人が語っていた。

 日本にいて、どうにも窮屈さを感じている若い人は少なくない。それは、「これこれはこういうもの」「こうしなければうまくいかない」という固定的な観念が、強く幅を利かせているからだ。

 しかし、世界に出れば、そんな日本の常識は非常識に変わる。いろんな生き方があっていい。いろんな考え方があっていい。世界中からやってくるワーホリ仲間から、そんな刺激を得るのだ。まさに著者の同僚は、そうした経験を得たのだろう。

「充実した人生」を決めるものとは?

 なぜ「経験」が大切なのか。改めて理解してほしい、と著者は説く。そして、一刻も早く経験への投資を始めるべきである、という。

 人生は経験の合計だ。あなたが誰であるかは、毎日、毎週、毎月、毎年、さらには一生に一度の経験の合計によって決まる。最後に振り返ったとき、その合計された経験の豊かさが、どれだけ充実した人生を送ったかを測る物差しになる。
 だからこそ、この人生でどんな経験をしたいのかを真剣に考え、それを実現させるために計画を立てるべきだ。そうしなければ、社会が敷いたレールのうえをただ進むだけの人生になってしまう。いつかは目的地(死)にたどり着くが、その道のりは自分自身が選びとったものではない。
(P.44)

 だが、実際にはこうした人生を送っている人は少なくないのではないか。「いや、そんなものはいらない。必要なのは、これからの安定、老後の安定だ」という人もいるかもしれない。

 だが、著者はこう説く。「人生の最後に残るのは思い出」なのだ、と。身体が弱って思うように行動ができなくなっていても、それまでの人生を振り返ることで、大きな誇りや喜びを味わい、甘酸っぱい思い出に浸ることができるのだ、と。

 経験からは、その瞬間の喜びだけでなく、後で思い出せる記憶が得られるのである。もし、晩年になって思い出したくなるような経験が何一つなかったとしたら、それは充実した人生だったと言えるかどうか。経験には「記憶の配当」も含まれているのだ。

 もちろん、老後の備えは必要だ。
 だが、老後で何より価値が高まるのは思い出だ。
 だから私はあなたに、できるだけ早く経験に十分な投資をしてほしいと考えている。
(P.60)

 経験への投資が早いと、記憶の配当はたくさん手に入る。20代に何かを経験すれば、30代で経験したのに比べて長い期間、記憶の配当を得られ続けるのだ。だから、とにかく早い段階で経験に投資せよ、と著者は説く。

 とはいえ、人生の早い段階では、お金がない、という人もいるかもしれない。しかし、金がなくとも工夫次第で経験への投資はできる。公園でバゲットを食べる貧乏旅行もそうだ。自治体が開催する無料のコンサートやフェスティバルに参加する方法もある。

 友人とトランプやボードゲームを楽しむこともできる。地元の街を公共交通機関を使って探索するだけでも経験になる。

 お金がなければ、いい経験ができない、と思い込んでいる人は多い。「金をかけずに楽しめる機会を十分に活用している人は少ない」と著者も書く。面白いことは、案外すぐそばに、あるのである。

(本記事は『DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール』より一部を引用して解説しています)

上阪 徹(うえさか・とおる)
ブックライター
1966年兵庫県生まれ。89年早稲田大学商学部卒。ワールド、リクルート・グループなどを経て、94年よりフリーランスとして独立。書籍や雑誌、webメディアなどで幅広く執筆やインタビューを手がける。これまでの取材人数は3000人を超える。著者に代わって本を書くブックライティングは100冊以上。携わった書籍の累計売上は200万部を超える。著書に『安いニッポンからワーホリ!』(東洋経済新報社)、『成功者3000人の言葉』(三笠書房<知的生きかた文庫>)、『10倍速く書ける 超スピード文章術』(ダイヤモンド社)ほか多数。またインタビュー集に、累計40万部を突破した『プロ論。』シリーズ(徳間書店)などがある。

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