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大震災から2年目の「今」を見つめて

2000年前には宮城に100メートル級の津波!?
震災を警告した歴史学者が予見する「次の巨大津波」

池上正樹 [ジャーナリスト]
【第8回】 2013年3月22日
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 「未曾有の自然災害」と言われた2011年の東日本大震災。しかし、その16年も前に、宮城県石巻市から仙台平野、福島県いわき市にかけての太平洋沿岸に今回の巨大津波が襲来することを予言し、警告していた人がいる。

 宮城県に住む歴史学者で、3月に『解き明かされる日本最古の歴史津波』(島影社)を上梓した飯沼勇義氏だ。

 同書によると、仙台平野には<宮城県沖と、その周辺の海溝型地震の震源地が連動して起こった>とされる巨大地震によって、西暦996年までの約1200年間に7回の大津波が押し寄せていたという。また、歴史上の空白の一部が歴史研究を通じて明らかになってきたことから、飯沼氏は、その後も200年ごとに大津波が繰り返していた事実を発掘した。

 しかし、1793年の「寛政津波」については、<1793年~1796年がまったくの空白>であり、<飢饉災害として処理された>と記述。1995年、飯沼氏は『仙台平野の歴史津波~巨大津波が仙台平野を襲う~』(現在は復刻版=本田印刷)を出版し、「寛政津波」から200年を経て、再び大津波は襲来すると、16年も前に予言していた。

 さらに驚いたことに、飯沼氏は前年の94年、当時の浅野史郎宮城県知事、藤井黎仙台市長に陳情書を提出し、仙台市や石巻市などの沿岸部一帯に、「津波防災上の様々な対策の早急な実施」を要望。当時の東北大学の津波工学や、東京大学地震研究所の専門家、行政などに対し、同書計400冊ほどを無償で配布したという。しかし、こうした警告が、地元の防災対策に反映されることはなかった。

歪められた「津波の歴史」
地形や言い伝えなどから“歴史の真実”に迫る

 「歪められた津波の歴史に対する認識によって、宮城県だけでも1万人以上もの犠牲者を出した。やはり日本人は、歴史を精査する立場で、物事を見たり考えたりする思考力ができていなかったんだと思うんです」

 小・中・高校の教師、幼稚園長などを務めた飯沼氏は、これまで40年以上にわたり、地形の特徴や住民の間に残る伝承などから真実にアプローチしていくという手法で、宮城県を中心にした沿岸部の歴史津波を調べてきた。

 「それまでの地震学者や歴史学者が提唱してきたのは、証拠書類となる古文書を中心に、物事を見たり考えたりすることです。もちろん古文書はあったほうがいい。しかし、古文書だけで、本当の日本の歴史や、いままでの流れを掌握することは難しいのです」

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池上正樹 [ジャーナリスト]

通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。主に「心」や「街」を追いかける。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材。東日本大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したのかを調査。著書は『ひきこもる女性たち』(ベスト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『下流中年』(SB新書/共著)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』

 


大震災から2年目の「今」を見つめて

 この3月で東日本大震災から丸2年が経つ。被災地の報道も極端に少なくなり、当時、固く誓ったはずの「絆」「被災地に寄り添う」と言った言葉も、なぜがむなしく響く。復興はどこまで進んだのか、明日に向かうための課題は何か、そして忘れされれつつある事実はないのか。震災後2年目の「今」を見つめ直す。

「大震災から2年目の「今」を見つめて」

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