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対談 漂白される社会
【第3回】 2013年3月25日
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開沼 博 [社会学者],初沢亜利

なぜ、北朝鮮や被災地の日常を切り捨てるのか?
日本の報道から抜け落ちた彼らの素顔に迫る
【写真家・初沢亜利×社会学者・開沼博】

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原発立地地域をはじめ、売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネスといった、好奇の眼差しにさらされる、あるいは、「見て見ぬふり」をされている存在に迫り続ける社会学者・開沼博。同じく、イラク戦争、北朝鮮、被災地のように、決まりきったストーリーでしか語られない事象の真実を切り取る写真家・初沢亜利。
日本の報道に働く意図とは何か?初沢氏との対談最終回では、北朝鮮や震災報道から抜け落ちたものの核心へと話は深まる。

批判的なメッセージを伝えるつもりはない

開沼 写真集には地方の写真がありますよね。北朝鮮で「地方」といったら、そこにいる「飢餓に苦しむ人々」が描かれがちだったのかもしれません。でも、亜利さんが描くのは少し違った。

『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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初沢 2012年の8月、中朝国境から東海岸まで2週間かけて撮影をしました。どんな状況にカメラを向けるにしても、案内人の目は気になります。撮っても大丈夫そうな建物にレンズを向けるふりをして、トラックの荷台に乗っている人をパッと撮影したり。数日は様子を見ながら、徐々に大胆になっていったかな。「撮っていいですよ」とは言いませんが、僕が牛舎や行商のおばちゃん、浮浪児などを撮っていることを案内人は薄々気づいているんです。数日に一度、夕食後に焼酎を飲みながらパソコンで彼らに写真を見せました。隠したがっていると思われるよりも、情報を開示していったほうがいい、と判断したからです。

『隣人。38度線の北』(徳間書店)より
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 彼らにすれば、トラックの荷台に大勢の人が乗っている様子も、そこかしこにしゃがみ込んでいる貧しい身なりの群衆も、当たり前の日常風景なんです。「個人的には撮らせてもいいと思うが、国としてはそうはいかない」と彼らも随分迷っていました。本当は、「何を撮ってはいけないか」より「それがどう日本に伝わるか」のほうが彼らにとっては重要な問題なんです。彼らが最も危惧しているのは、貧しい生活の絵に体制批判的なキャプションが加わることです。『隣人。』にはキャプションが一切ついていません。写真をどう見るかは読者に委ねられています。

開沼 機関銃を持った軍人の写真もあります。

初沢亜利(はつざわ・あり)
1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家としての活動を開始する。
写真集・書籍に『隣人。38度線の北』(徳間書店)、イラク戦争の開戦前・戦中のバグダッドを撮影した『Baghdad2003』(碧天舎)、衆議院議員・福田衣里子氏の選挙戦から当選までを追った同氏との共著『覚悟。』(徳間書店)、東日本大震災の発生翌日から被災地に滞在し撮影した『True Feelings』(三栄書房)。

初沢 「軍人は絶対に撮らないでくれ」とかなり厳しく言われました。しかし、街中のどこを見渡しても軍人がまぎれているんですよ。旅の途中からは、「たまたま軍人が写ってしまった、というなら大丈夫です」と案内人の言葉も軟化してきました。「平壌だけの写真集であれば日本人は納得しないでしょうね。プロパガンダだと批判されるのでしょう。ただ、初沢さんの発表の仕方次第では、逆に我々のクビが飛ぶことになります。次回訪朝された時に我々はいないかもしれません」と深刻な顔をして言われました。平壌の空港で見送られる時まで、彼らの表情は不安に満ちていました。「クビ」というのが単に職を失うことなのか、それ以上のことなのかはわかりませんが、信頼してくれた人たちへの責任感を持って最終的に形にしていかなければ、と思いましたね。

 北朝鮮の写真集は実はこれまでに何冊も出ているんです。僕自身も調べて取り寄せるまではその存在を全く知りませんでしたが。はじめて見た時はかなり驚きましたよ。テレビや新聞とまったく同じ方向性で作られていたので。もちろん、批判的でなければ出版ができなかったのかもしれませんが、フリーランスのフォトジャーナリストが、大手メディアと100%同じ論調というのは気持ちが悪い。フリーであるからこそ、自分の感覚に忠実に伝えるべきではないでしょうか。「北朝鮮はこういう国」という前提で撮影していることがよくわかる写真集ばかりでした。 被災地に行こうが北朝鮮に行こうが、目の前に広がっているのは日常以外の何ものでもないんです。

開沼 そうですね、どんなところにも日常生活があります。もしそこに「描かれている人々」が下世話に見えたとしても、「描かれている人々」が本当に下世話だとは限らない。多くの場合、「下世話なものを見たい」という見る側の欲望が「描かれている人々」に投影されているにすぎません。その欺瞞に自覚的になることは『漂白される社会』(ダイヤモンド社)でも重要なポイントでした。亜利さんを見た現地の人の反応はどうでしたか?

初沢 「日本から来たのか」と顔をしかめるのは、かなり年配の方ですね。植民地時代を経験している人には「何だ、お前」という強烈な視線を向けてくる人もいました。同時に、案内人に対しても「なんでこんな国のカメラマンを連れて来たんだ」と。案内人たちの仕事はそういう意味でも肩身が狭いんだと思います。

開沼 一方で、若い人もいるわけですよね。彼らは日本に対してどういうイメージを持ってるんですか?

初沢 現実的には、どの街にも日本からの帰国者がいます。万景峰(マンギョンボン)号に乗せて、文房具から洋服、冷蔵庫に至るまで様々な物資を日本の家族が運んできます。彼らは現地の人たちが身に付けられないようなものを着ているので、「日本はすごく発展していてお金がある」という一種の憧れがあるようです。

開沼 「憧れていても実際にそこに行くことができない」という感覚は、現代の日本にいると経験できませんよね。そこは想像してもしきれない。

初沢 何しろ、街と街の移動すら簡単にできない。平壌にもよっぽどのことがないと入れませんよ。「行けたらいいな」「行ってみたいな」という気持ちがあるのかないのか。他の国の人はこんなに来ているのに、なんで自分たちは国の外に出られないのかなという気持ちは多少あるのかな。口にはしませんけどね。

開沼 平壌にも行けないんですか?大学進学や仕事でなら行けるけど、基本的には行くことはできない?

初沢 親戚を訪ねるとか、葬式があれば行けるんでしょうけど。僕たちが移動する時も、案内人が、関所のようなところで「彼らは日本の代表団です」と言っているのを聞きました。

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開沼 博(かいぬま・ひろし) [社会学者]

1984年、福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポ・評論・書評などを執筆。
著書に『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『はじめての福島学』(イースト・プレス)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)、『地方の論理 フクシマから考える日本の未来』(同、佐藤栄佐久との共著)、『フクシマの正義 「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)『「原発避難」論 避難の実像からセカンドタウン、故郷再生まで』(明石書店、編著)など。
第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。

 

初沢亜利(はつざわ・あり)

1973年フランス・パリ生まれ。上智大学文学部社会学科卒。第13期写真ワークショップ・コルプス修了。イイノ広尾スタジオを経て写真家としての活動を開始する。 写真集・書籍に『隣人。38度線の北』(徳間書店)、イラク戦争の開戦前・戦中のバグダッドを撮影した『Baghdad2003』(碧天舎)、衆議院議員・福田衣里子氏の選挙戦から当選までを追った同氏との共著『覚悟。』(徳間書店)、東日本大震災の発生翌日から被災地に滞在し撮影した『True Feelings』(三栄書房)。

 


対談 漂白される社会

売春島、偽装結婚、ホームレスギャル、シェアハウスと貧困ビジネス…好奇の眼差しばかりが向けられる、あるいは、存在そのものが「見て見ぬふり」をされる対象に迫り続ける社会学者・開沼博。『漂白される社会』の刊行を記念して、人々を魅了しつつも、社会から「あってはならぬもの」とされた対象やそれを追い続ける人物と語り合うことで、メディアでは決して描かることのない闇の中に隠された真実を炙り出す。

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