『君たちはどう生きるか』は事前PR無しにもかかわらず結果的に大ヒットしたのはなぜか『君たちはどう生きるか』は事前PR無しにもかかわらず結果的に大ヒットしたのはなぜか(写真はイメージです) Photo:PIXTA

時間的な効率のよさを意味する「タイパ(=タイムパフォーマンス)」は、昨今の若者の消費行動を象徴するキーワードだ。使った時間に対して高い費用対効果を得られることを常に期待する彼らにとって、時間も場所も拘束されたうえ、満足な経験を得られるかどうかわからない映画鑑賞は、リスキーな消費と言える。ところが宮崎駿『君たちはどう生きるか』は、事前PR無しにもかかわらず若者たちにも訴求し、大ヒットした。彼らはなにを期待して、映画館に足を運んだのだろうか。本稿は、廣瀬 涼著『タイパの経済学』(幻冬舎新書)を一部を抜粋・編集したものです。

プロモーション無しで大ヒット
時代に逆行するジブリのPR戦略

「若者の○○離れ」のなかでも、映画はその代表と言えるだろう。映画鑑賞は若者にとって、タイパ的にもコスパ的にも決していい消費対象ではないがゆえに、「いつ観るか」よりも「どのように観るか(消費するか)」がまず消費者としての関心事となる。いかにお金をかけずに視聴するか、いかに「損に対するリスクを軽減できるか」という手段にばかりに気がいってしまうのだ。

 そんななか、2023年7月に公開された、宮崎駿が監督するスタジオジブリ最新作『君たちはどう生きるか』は、損に対するリスクを回避する傾向に逆行するプロモーションで話題となった。プロデューサーの鈴木敏夫が、本作の宣伝を一切行わない方針を明らかにしたのだ。

 2022年12月に公開予定日とポスタービジュアルが発表されたが、それ以降は予告編の公開やCM、新聞広告、公式サイトの開設といったプロモーション活動はまったく行われておらず、出演者や主要なスタッフについても公開日までほとんどが非公開だった。

 SNSでは、公開前日に知った、公開日に「金曜ロードショー」で『コクリコ坂から』が放送されていることをきっかけに知った、といった投稿が散見された。

 まったく情報が開示されないなかで、プロモーションをしないというプロモーションが客入りにどのような影響を与えるのかとメディアはこぞって報道した。

 ところがフタを開けてみれば、公開4日間の動員数は135万人、興行収入は21.4億円を突破し、宮崎作品で過去最大のヒット作『千と千尋の神隠し』(最終的な興行収入は316.8億円)の初動4日間を超える記録だという。

 なぜ、この映画は事前プロモーションなしでヒットにこぎつけたのだろうか。

 昨今の映画市場では、プロモーションにマルチメディアが使われている。公開の半年前には映画館で予告編が流れ、雑誌で特集が組まれ、連日テレビCMが打たれるといった流れが一般的で、消費者がその映画に関する事前情報に触れる機会が多岐にわたっている。

 そもそも、最低でもどんな映画なのか、誰が出るのか、そもそもジャンルは何なのかがわからない限り、観ようという興味すら湧かないのではないか。私たちは映画を鑑賞するうえで、キービジュアルとタイトルよりも、その作品がどのような内容で、どのような層に刺さるのかという「映画の特徴」のほうが興味につながることが多いのではないだろうか。