内的成熟の時期に入ったら「目に見えないもの」を大切にしなければならない。内的成熟の時期と拡張期の時期では、大切なものが違う。

「目に見えないもの」がしっかりとしていないままで老いると、いつもイライラしている。

 20代は人の幸せを見て心が穏やかでなくても良い。人と張り合って生きるのもしょうがない。しかし内的成熟の時期に入ったら、人からの称賛を目的とした生き方をしないことである。そして内面の成熟を目的とした生き方をすることである。

 それは今まで戦ってきた自分を信じることである。ここまで頑張ったのだから明日は「きっといいことがある」と信じること。

 若い頃にやり残したことがあるといって不満になる人がいる。やり残したことがあっても「それでもいいや」と思える人もいる。どこが違うのか?

 不満にならない人は、やり残したことがあっても、「今、これが大切」というものがある。不満になる人はその「これ」がない。不満になる人はなくなるものに執着する人。なくなるものは皆、目に見えるもの。

 ある指導的な老化現象研究者は、多くの人は、若い頃よりも歳をとってからの方が自然や芸術をより深く味わうという。歳をとってからの方が、若い頃よりも、五感を深く楽しむ。そして業績や所有や力など移ろいやすいものにかかわっていかない(*注2)。

 本来歳をとるということは心が豊かになることである。老いが「衰え」という考え方は、拡張期の発想でしかない。歳をとるということは、まさに基準変更なのである。

*注1
Hubertus Tellenbach, Melancholie, Springer-Verlag, 1961. 『メランコリー』木村敏訳、みすず書房、1978、71頁
*注2
Kathleen Stassen Berger, The Developing Person Through the Life Span. Worth Publishers, Inc.1988, p.568