「失われた30年」を、いかに克服するか

『日本の経済政策』(中公新書、2024年)は、バブル崩壊から今日までの「失われた30年」の日本経済を精緻に分析し、未来につなぐ教訓を導き出している。『日本経済の罠』(01年)、その増補版文庫(09年、共に加藤創太氏と共著、日本経済新聞出版)と、1990年代から30年間、定期的に日本経済の課題とその処方策を論じてきた著者の小林慶一郎氏に、新書の概要から持続的社会に向けた提言まで幅広く話を聞いた。前編と後編の2回に分けてお送りする。(聞き手・文/ダイヤモンド社 論説委員 大坪亮、撮影/瀧本清)。

経済政策の経緯からみた
「日本人の自画像」

――『日本の経済政策』は、「失われた30年」の分析を通して、日本経済と社会の根源的課題を明かし、未来に向けた施策を提言する書です。普通の人が読めるように、新書で平易に著されたことも意義深いと思います。また、この間の経済学の発展過程を解説されつつ、通説を覆す論説も興味深く読みました。例えば、1995年ノーベル経済学賞受賞のロバート・ルーカスら合理的期待仮説の学派の人々が、「ケインズ経済学は、政策対象の国民を思考力のある対等な人間とみなしていない」という眼目で批判していると書かれています。イメージは真逆でしたので驚きました。小林教授は、シカゴ大学大学院の院生時代の指導教官がルーカスだったのですね。

 私は1995年〜98年にシカゴ大学大学院で経済学を学び、PhD.(博士号)を取得したのですが、指導教官がロバート・ルーカスです。ルーカスのパートナーでもあるナンシー・ストーキーやゲイリー・ベッカーからも指導を受けました。ストーキーの専門はマクロ経済学や経済成長論です。ベッカーはミクロ経済学や人的資本(ヒューマン・キャピタル)の理論などが専門で、92年にノーベル経済学賞を受賞しています。私は彼ら3人の指導のもと、人的資本を含めた経済成長の理論を博士論文で書きました(編注:"The Division of Labor, the Extent of the Market, and Economic Growth," (Ph.D. Dissertation), University of Chicago)

 本書で示したケインズ経済学への評価は、ルーカスが言ったことではなく、私自身の合理的期待理論の解釈に基づくものです。一般的なイメージは逆ですね。ケインズ経済学は庶民のために財政政策や金融政策を積極的に活用するというイメージで、合理的期待学派は新古典派経済学で市場第一というイメージです。合理的期待学派というと、競争力のない企業は淘汰されても仕方がないというような、人々に対して冷たい印象があると思います。

 しかし、実はそうではない、と私は思っています。合理的期待学派は人々がどのように思考しているか、どう経済政策に反応するか、を真剣に考えているのです。

 それに対して、教科書に書かれた単純化されたケインズ経済学はその過程を端折っています。教科書的なケインズ経済学で政策を考える論者たちは、「経済政策の対象となる人々」を自分と同じように思考する人間だと見なしていないのです。もちろん意識的にそんなことを言ったりはしませんが、無意識のうちにそういう前提で考えていることが根深い問題なのです。だから結果的に、本書で書いたようないろいろな失敗をしている。政府の政策に対して人々がどう考えるかを突き詰めないという間違いを繰り返しています。

 合理的期待理論にも、「人間は完全に合理的だ」と仮定するなど批判されるべき点があることはそのとおりです。しかし、合理的期待学派は、少なくとも何か政策を施行した際に、人々がどう考え、どう反応するかを真剣に見極めようとする姿勢は徹底しているのです。その姿勢が次に論じる「再帰的思考」です。

 本書のバックボーンとして、「人々の思考について思考すること」の重要性があります。本書ではこれを再帰的思考という言葉で表しています。簡単に言えば、相手を思いやる、相手の立場になって相手の思考を我がものとして考えようという思考の態度が、再帰的思考です。

「失われた30年」の日本の経済政策の実行において、この再帰的思考ができていなかったというのが私の結論です。不良債権についても、デフレ対策でも、経済政策に国民がどう反応するかを、希望的観測で単純化し、楽観的に考えていた。結果としてそれがことごとく間違いで、反省なく、繰り返されたのだと思います。

「失われた30年」を、いかに克服するか

――本書の終章が、「縦割り主義から『再帰的思考』へ」という提言になっています。その提言に至る過程が全体で書かれています。そもそも本書の執筆の動機はどこにあったのでしょうか。

 自分なりに「私たちの時代」の肖像、経済政策の経緯からみた「日本人の自画像」を書いてみたかったのです。

 時評は新聞や雑誌で都度発表してきましたが、現時点できちんとまとめてみたいというのが本書の主旨です。自分自身も経済政策の現場にいたことがありますから、その経験も踏まえて、経済政策から見た過去30年を振り返り、私たちの時代は何だったのかを考えたいと思いました。

「失われた30年」の原因を一言で表現すると、「再帰的思考の欠如」になります。再帰的思考とは前述の通り、他者の思考を自分自身が思考する、他者になり切って思考すること。さらに、自分と他者の両者が互いの思考を読み合っていることを知っていて、「私が考えている、と相手が知っていて、相手が知っていることを私が知っていて、さらにそのことを相手が知っている……」という無限ループが起きていること、それを認識した上で意思決定することです。この再帰的思考が、日本の政策の議論には欠落しているのではないかと思うのです。