写真:米戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハムレ氏Photo:Bloomberg/gettyimages

稲盛和夫氏の中国での知名度の高さは有名だが、実は地球の裏側の米国でも、確かな足跡を残していた。連載『シン・稲盛和夫論』の本稿では、その実態を明かすべく、稲盛氏と長年親交があった米国の有力シンクタンク・戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハムレ所長を直撃。稲盛氏が日米関係強化に果たした役割や、現在の米CSISの研究所ビルのフロアにつけられた名称を巡る逸話などを通じ、今に続く米国での影響などを回答してもらった。(ダイヤモンド編集部 竹田幸平)

米有力シンクタンク所長が明かす!
稲盛和夫の「米国での足跡」とは?

「私の人生は、稲盛博士から大きな影響を受けた」──。稲盛和夫氏が逝去した2022年8月下旬のこと。稲盛氏に側近として約30年仕えた大田嘉仁氏(本連載『稲盛和夫直筆の草稿を初公開!30年前「副官」に渡した手書きメモの中身とは?』など参照)の元に、親交のあった米戦略国際問題研究所(CSIS)のジョン・ハムレ氏から、死を悼むメッセージが届いた。

 米国の有力シンクタンクとして知られるCSISで所長を務めるハムレ氏は、上記に続けて、「京都賞(編集部注:京都賞は稲盛財団が1984年に創設)の授賞式で、京都で彼(稲盛氏)と会ったときの思い出を今も大切にしている」と述懐。さらに、「AILAがいかにCSISの重要なものとして花開いたかを、彼にお伝えできればよかったのに」などと記した。

 ここで言及された「AILA」とは、CSISの創設者の一人で当時の所長でもあったデイビッド・アブシャイア氏と、稲盛氏の名を取る形で02年につくられた「アブシャイア・イナモリ リーダーシップアカデミー」というリーダー育成プログラムのことを指す。

 設立のきっかけとなったのは、日米関係のあるべき姿について民間ベースで議論すべく、稲盛氏の肝いりで96~98年に開かれた「日米21世紀委員会」。ここでコーディネーターとしての役割を果たしたのがCSISだったのだ。

 その後も、04~09年には稲盛財団とCSISが、世界が直面する政治問題をテーマとした「CSIS京都フォーラム」を共催するなど、関係性が長く続くことになる。稲盛氏とCSISの奇縁をさらに深掘りすべく、記者がハムレ氏に質問を送ると、メールで回答が寄せられた。

 次ページでは、長年稲盛氏と親交があったハムレ氏が寄せた返答を大公開。稲盛氏が日米関係強化に果たした役割や、現在の米CSISの研究所ビルのフロアに同氏にちなんだ名称が付けられているとの逸話、卒寿を迎えた際のメッセージなどを通じ、知られざる米国での足跡を明らかにする。